グローバルスタンダード最前線
ITU-R SG5の標準化動向
スマートフォンに代表されるモバイル通信や無線LAN、柔軟性・耐災害性に優れた固定無線方式など、無線通信は電気通信網で大きな役割を果たしています。国際標準化組織の1つであるITU-R(International Telecommunication Union-Radiocommunication Sector)では、無線通信システムや利用する周波数等無線通信に関する標準化を行っています。ここではITU-Rで地上無線通信を所掌する第5研究委員会(SG5)とその傘下の作業部会(WP)の最近の動向と、それらに対する NTT研究所、NTTドコモの貢献について概説します。
大槻 信也(おおつき しんや)†1/岩谷 純一(いわたに じゅんいち)†1
坂本 信樹(さかもと のぶき)†2
NTTアクセスサービスシステム研究所†1
NTTドコモ†2
ITU-Rの構成とSG5の所掌
国際電気通信連合無線通信部門(ITU-R:International Telecommunication Union – Radiocommunication Sector)は無線通信に関する規則制定と標準化を遂行するITUの部門の1つで、その構成を図1に示します。
この図のうち、研究委員会(SG:Study Group)では、無線システムの特性と品質、無線通信の周波数スペクトラムの使用、衛星軌道の使用に関する研究を行い、勧告や報告を作成します。また、各周波数帯の利用方法、衛星軌道の利用方法、無線局の運用に関する各種規程、技術基準等をはじめとする国際的な電波秩序を規律する無線通信規則(RR:Radio Regulations)の改訂を行う世界無線通信会議(WRC:World Radiocommunication Conference)の議論に必要な研究を遂行し、WRCでの解決方法を提示することも任務の1つとなっています。ITU-Rには6つのSGが設置されており、SGの構成は表1のようになっています(1)。
SG5は表1に示すように地上業務を所掌するSGであり、今研究会期(2019~2023年)の副議長として前研究会期(2015~2019年)に引き続き日本から新博行氏(NTTドコモ)が選出されています。
SG5傘下には表2に示す4つの常設の作業部会(WP:Working Party)が設置され、ITU-R勧告などの実質議論はこのWPで実施されます。NTT研究所からは陸上移動業務を所掌するWP5Aと固定無線を所掌するWP5C、NTTドコモからはIMT(International Mobile Telecommunications)*1を所掌するWP5Dに継続的に総務省職員を団長とする日本代表団として参加・活動をしています。
*1 IMT:いわゆる3G(第3世代移動通信システム)以降の移動通信システムであり、IMT-2000(無線インタフェースとしては、W-CDMA、HSPA、LTEなど)、IMT-Advanced(無線インタフェースとしてはLTE-Advancedなど)およびIMT-2020を含みます。
最近のSG5関連会合の状況
■WP5A
WP5Aは主に陸上移動無線(IMTを除く)を所掌するWPです。対象とする主な無線システムとして、無線LANを含むワイヤレスアクセスシステム(WAS: Wireless Access System)、公共安全・災害救援(PPDR: Public Protection and Disaster Relief)用無線システム、鉄道無線システム、高度道路交通システム(ITS: Intelligent Transport Systems)、アマチュア無線、さらに陸上移動無線のための新技術一般についても検討し、これらの勧告化・報告化を推進しています。ここでは、NTTグループの事業と関連の強い無線LANの議題を中心にWP5Aでの議論状況を説明します。
(1) 無線LANに関する議論
2019年世界無線通信会議(WRC-19)で合意されたRR(Radio Regulations)改定(2)により5 GHz帯無線LANの制約が緩和され、5.2 GHz帯の屋外利用・高出力化が可能となりました。WRC-19後も無線LANに関する検討は継続しており、無線LANの技術条件のガイドラインなどが記載されたITU-R勧告 M.1450およびM.1801の修正が議論されています。修正の論点は2つあります。第一に、これらの勧告にはRRの内容や主要国の国内制度に関する記載がありますが、最新の情報が反映されていないため、現行化が議論されています。日本からはWRC-19での5.2GHz帯制約緩和のRR改定や関連する国内制度改正の反映を提案し、勧告修正の作業文書に反映され、勧告の改訂に向けて今後も議論される見通しです。第二に、近年のIEEE 802.11標準規格の更新の反映などが議論されています。特に、IEEE 802.11axの周波数が6GHz帯まで拡張されたことに伴い、勧告内のIEEE標準の概要説明部分の更新をIEEEが提案しています。本提案は米国・英国などが支持していますが、中国・ロシアなどは無線LANの6GHz帯の使用が増加すると固定衛星への干渉が懸念されるとして難色を示しています。なお、RRの周波数分配の規定としては、図2に示すとおり6GHz帯は無線LANやIMTを含む移動業務に加えて固定衛星業務や固定業務など複数の業務に分配されており、主要国の国内制度としても無線LANへの6GHz帯の割当が進んでいます。日本国内でも無線LANの6 GHz帯利用が議論されています。
(2) その他のシステムに関する議論
鉄道無線システムに関しては、列車と線路の間の無線通信の周波数について世界全体または地域内の調和に向けた新たなITU-R勧告を策定する議論などが進められています。ITSに関しては、今後実用化が見込まれるコネクテッド自動運転車向けの無線通信の要求条件を明確化するITU-R報告の作成などが議論されています。また、将来の6Gモバイルでの利用が想定されるテラヘルツ帯(275-450GHz)に関しては、複数の異なるシステム間の共用のための技術検討などが行われています。
■WP5B
WP5Bは海上移動業務、航空移動業務および無線測位業務(レーダ等)などを所掌としており、無人飛行システム (UAS: Unmanned Aircraft Systems)、準軌道飛行体 (Sub-orbital vehicles) 向け通信システムなど通信事業者からの直接的寄与は比較的少ないですが、NTTグループ会社ではほかのWPからのWP5Bへの連絡文書により必要な意見を表明することを通じて対応しています。
■WP5C
WP5Cは主に固定無線を所掌するWPであり、対象とする主な無線システムとしては、中継用無線システム、固定無線アクセス(FWA:Fixed Wireless Access)システム、移動通信用基地局のためのモバイルバックホール(MBH:Mobile BackHaul)用無線システム、放送業務中継用固定無線システム、災害時用臨時無線システムに関する勧告および報告の策定作業を実施しています。
現在の大きな議論テーマとしては近年の技術開発の進展に伴い新たな利用が見込まれている92GHz帯以上の高周波数帯について検討が行われています。具体的には、92GHz以上174.8GHz以下*2での固定無線用システムの周波数配置や、地球探査衛星業務(EESS: Earth exploration-satellite service) を保護するための技術条件の検討が行われております。また、WRC-19において275-450GHz帯について固定業務での利用が可能となりましたが、これらの中の一部の周波数帯(296-306GHz、313-318GHz、333-356GHz)において必要となっている地球探査衛星業務保護するための技術の評価・検討が行われています。これらの検討が完了することにより、モバイルバックホール・フロントホール向け大容量固定無線システムの促進が期待できます。
WP5Cでは他に放送補助業務 (BAS: Broadcast Auxiliary Service)におけるUHDTV (Ultra High-Definition TV) 信号伝送用固定無線システムのパラメータの勧告への追加作業を行っています。
*2 :具体的には92-94GHz、94.1-100GHz、102-109.5GHz、111.8-114.25GHz、141-18.5GHz、151.5-164GHz、167-174.8GHz。
■WP5D
ITUにおいて、携帯電話システムはIMT(International Mobile Telecommunications) と総称されており、WP5DはIMTを所掌するWPとして、IMT無線インタフェース、IMTの将来技術や構想(ビジョン)、IMT用として特定された周波数帯域内の使用方法(周波数配置)、IMTと他業務との周波数共用などに関する勧告および報告の策定作業を実施しています。5G(第5世代移動通信システム)は、ITU-RにおいてIMT-2020*3と称されおり、IMT-2020無線インタフェース勧告の初版が2021年2月に発行されたところですが、引き続き、2030年代に向けた検討が進められつつあります。まず、IMTの将来技術の動向に関するITU-R報告の作成が開始されおり、2022年の完成をめざして、今後IMTに適用される可能性のある技術の取りまとめが進められています。また、並行して2030年代のIMTの将来構想(ビジョン)に関するITU-R勧告の作成も開始されており、2023年の完成が予定されています。この勧告には、2030年代におけるIMTのユースケースシナリオや必要とされる能力、具体的な開発スケジュールなどが記される予定となっており、今後のIMTのさらなる開発に向けた道しるべとして位置付けられるものになります。
また、IMTの周波数利用に関する検討は、WRC-23に向けて本格化しつつあります。IMT用周波数の追加特定に関するWRC-23議題1.2では、地域ごとに表3に示す周波数が検討対象とされており、日本を含む第三地域においては、7025~7125MHzの100MHz幅が該当します。WRC-19においては、ミリ波帯以上の高い周波数において、IMT用周波数としての追加特定が決定されましたが(3)、WRC-23に向けては、今後、ミリ波帯より低い周波数帯においてもさらなる需要の高まりが見込まれることを念頭に、検討対象周波数が選定されています。
このほか、WRC-23議題1.4では高高度プラットフォーム局 (HAPS: High Altitude Platform Station)をIMT基地局として利用するHIBS (HAPS as IMT Base Stations)用周波数に関する事項が議論されています。2021年時点では、図3(a)に示すように日本を含む第三地域(アジア・太平洋地域)においては1885-1980 MHz、2010-2025 MHz、2110-2170 MHzがHIBS用周波数として利用可能ですが、これらに加えてWRC-23議題1.4では図3(b)に示す2.7GHz以下のいくつかの候補周波数について、HIBSでのさらなる利用周波数拡大の検討が行われています。
現在、WP5Dにおいて、これらの候補周波数がIMT用、あるいはHIBS用として使用された場合に、他業務の無線システムに干渉影響がないか、影響を回避するためにはどのような条件が必要か、といった事前の技術検討が進められており、IMTに関する専門家に加え、他無線システムの専門家も参加して詳細な議論が行われています。今後、これらの検討結果を踏まえ、WRC-23において最終的にIMT用周波数として追加特定するか、あるいはHIBS用周波数として追加特定するかの決定が行われることとなります。
*3 IMT-2020: 無線インタフェースとしては3GPP 5G-SRIT、3GPP 5G-RITなどを含みます。
今後の展望
2022年は2023年に開催されるRA-23 (2023 Radiocommunication Assembly:2023年無線通信総会)およびWRC-23に向けた検討において非常に重要な年であり、特にWRC-23の準備会合であるCPM*4 23-2 (Second session of the 2023 Conference Preparatory Meeting) での議論のためのテキスト案の作成を完了させる年であります。WRC-23での議題の中にはIMT用周波数の追加のように今後の5Gおよび5G Evolutionや6G (第6世代移動通信システム) (4)といったBeyond 5Gの展開に向けて我が国全体にとって非常に重要な議論があります。またWRC-23議題以外の議論についても、例えば、5Gとともに重要なアクセス方式である無線LANに関する議論も今後の無線アクセスに大きな影響を与えると考えられます。
無線スペクトラムに対する需要は年々増大しており、前述の議論以外にもより広範な周波数帯について多種多様な議論が予想されるため、国際的な共存をも意識して、引き続きITU-R活動を推進したいと考えています。
*4 CPM: WRCの会議準備会合であり通常は前回WRCの直後 (第1回) およびWRCの約半年前 (第2回) に開催されます。特に第2回CPMにおいて、WRC議題の技術的検討結果、それに基づく議題の解決方法、無線通信規則改訂案の例示などを取りまとめWRC へ提示するCPM Reportの策定を行います。
■参考文献
(1) 橋本:“無線通信の国際標準化,”日本ITU協会,2014.
(2) 岩谷・大槻・淺井・今中:“WRC-19・ITU-Rにおける5 GHz帯無線LAN制約緩和の国際条約改正の取り組み,”NTT技術ジャーナル,Vol.32,No.4,pp.62-65,2020.
(3) 伊藤・坂本・新:“2019年ITU無線通信総会(RA-19),世界無線通信会議(WRC-19)報告,”NTT DOCOMOテクニカル・ジャーナル,Vol.28,No.1,2020.
(4) https://www.nttdocomo.co.jp/corporate/technology/whitepaper_6g/