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グローバルスタンダード最前線

WRC-19・ITU-Rにおける5 GHz帯無線LAN制約緩和の国際条約改正の取り組み

2019年10~11月にエジプトで開催されたITU世界無線通信会議(WRC-19: World Radiocommunication Conference 2019)にて、国際電気通信条約付属無線通信規則(RR: Radio Regulations)の改正が議論・合意されました。本規則は、各国政府が遵守義務を負う電波利用の国際ルールです。この会議において、日本が推進してきた5GHz帯無線LANの制度改正、特に5.2 GHz帯(5150-5250 MHz)の屋外利用・高出力化の議題について、日本国内制度と整合するかたちでRRの改正に成功しました。NTTは、WRC-19、ITU-R(ITU Radiocommunication Sector)や関連会合で、本議題の日本代表団主担当として、RR改正に向けた技術検討やRR改正案の提案、合意形成等に約3年間取り組んできました。ここでは、5GHz帯無線LANのRR改正までの過程と改正RRの概要を説明します。

岩谷 純一(いわたに じゅんいち)†1/ 大槻 信也(おおつき しんや)†1/ 淺井 裕介(あさい ゆうすけ)†1/ 今中 秀郎(いまなか ひでお)†2

NTTアクセスサービスシステム研究所†1/NTTアドバンステクノロジ†2

5GHz帯無線LANの制約緩和

5GHz帯無線LANの規則

近年のスマートフォンやタブレット端末の普及により無線LANの需要が急増し、世界的に無線LAN周波数の不足が懸念されています。2015年のWRC-15会合に向けたITU-Rの検討では、2018年には5GHz帯無線LAN に300-425 MHzの帯域不足が生じるとの研究結果が示されました。5GHz帯で利用可能な無線LANの周波数を図1に示します。従来のRRでは、5.3 GHz帯(5250-5350 MHz)、5.6 GHz帯(5470-5725 MHz)が、等価等方輻射電力(EIRP: Equivalent Isotropically Radiated Power)最大1Wの高出力で屋外利用可でしたが、いずれもレーダーの信号検出時に周波数チャネル変更を義務付ける制約条件(DFS: Dynamic Frequency Selection)があるため、レーダーの使用により無線LANの通信断が発生する懸念がありました。また5.3 GHz帯は、大部分が屋内利用となるよう主管庁が対処すべきとの規定がありました。一方、5.2 GHz帯はDFS不要ですが、低出力(最大EIRP 200 mW)での屋内利用に限定されていました。なお、日本国内制度では、5.6 GHz帯のみ屋外利用可(要DFS)であり、5.3 GHz帯は屋内限定(要DFS)、5.2 GHz帯は暫定的に屋外利用可となっていました。このため、5GHz帯無線LANの制約緩和、特にDFSの制約がなく安定的な利用を見込むことができる5.2 GHz帯の屋外利用が強く求められてきました。
このような背景から、WRC-19の議題1.16として、①5.2 GHz帯と5.3 GHz帯の制約緩和、②5.4 GHz帯(5350-5470 MHz)、5.8 GHz帯(5725-5850 MHz)、5.9 GHz帯(5850-5925 MHz)の無線LAN新規利用のRR改正が検討対象となり、2016~2019年にITU-Rや関連会合で検討されました。

図1 5GHz帯無線LANで利用可能な周波数

国内制度と日本・NTTの取り組み

ここでRRと国内制度の関係を説明します。通常、RRが改正された場合、それを基に各国の電波法等の国内制度が改正されます。一方、日本国内の5.2 GHz帯無線LANの制度は、RR改正に先行して2018年に屋外利用・高出力化を認可するよう、NTTの主導により国内制度が暫定的に改正されており、WRC-19の結果次第で制度の見直しを予定していました。暫定改正された国内制度のもと5.2 GHz帯を確実に屋外利用できるようにするには、WRC-19において国内制度と整合したRR改正が必要でした。
NTTグループでは、2018年の国内制度改正後にNTTブロードバンドプラットフォームが国内での無線LANのスタジアム展開などを進めており、5.2 GHz帯無線LANを屋外利用できる国内制度を維持することが必須でした。こうした経緯から、NTTは日本代表団の主担当として総務省と連携し、電波産業会で国内関連企業の意見集約をしつつWRC-19会合、ITU-R会合、アジア太平洋地域(APT: Asia Pacific Telecommunity)のWRC準備会合であるAPG(APT Conference Preparatory Group for WRC)等で、国内制度と整合したRR改正に向けて活動しました。

ITU-R・APG会合での議論

RR改正に向けた方針

2016年から2019年にかけて、①ITU-Rでの技術検討、②WRC-19準備文書への日本案記載、③APG会合での合意形成の3つの取り組みを中心に準備を進めました。
なお、日本国内制度では、屋外利用、高出力(最大EIRP 1W)に加えて、他システムへの干渉軽減のため、EIRPのアンテナ仰角制限(5250-5350 MHzと同条件)、屋外アクセスポイントの登録制が導入されていました(1)。このため、日本としては、これと同等または緩い条件でのRR改正をめざし必要な合意形成に重点を置きました。

ITU-Rでの技術検討

ITU-R会合では、主に5.2 GHz帯の制約緩和の可否が議論されました。無線LANを屋外・高出力で利用すると、衛星フィーダリンクや航空無線航行など、同じ周波数を使う他システムへの干渉が増加するため、その影響や干渉軽減策が検討されました。約3年にわたり、日本のほかに米国・中国・フランス・ロシア・Globalstar(米国の衛星事業会社)などから提示された検討結果を基に議論されましたが、結論が一本化されず、技術レポートに複数の検討結果が併記されるにとどまりました。日本からは、日本国内制度の条件下で他システムと共用可とする検討結果を示し、文書に反映させました。この技術レポートは、当初想定のITU-R報告(公開文書)としての完成には至らなかったため、暫定版としてWRC-19で参照されることとなりました。

WRC-19準備文書への日本案記載

ITU-Rにおいて、WRC-19で参照する資料として、それまでのITU-Rの議論を基にして日本国内制度に基づくRR改正の選択肢案を含むWRC-19準備文書を2019年2月に完成させました。表1に示すように、本文書では、5.2 GHz帯(5150-5250 MHz)では日本案A3を含む6つのRR改正の選択肢案が記載されました。

表1 WRC-19準備文書(2019年2月)記載のRR改正の選択肢案

APG会合での合意形成

APGは、WRCに向けたAPT(アジア太平洋地域)の共同提案等を検討する会合で、WRC-19まで全5回開催されました。日本は、WRC-19準備文書に記載されている日本案A3によるRR改正をAPTの共同提案とすることをめざしました。一方で、衛星への干渉が問題になるとしてNo Change(RR改正なし)を主張する中国・オーストラリアの強い反対意見があり、 RR改正および改正なしのいずれの案もAPT共同提案とするには至りませんでした。一方で、5.2 GHz帯のNo Changeを除く5つのRR改正案の中では、日本案A3支持への一本化に成功し、APTの共通見解としてAPGの会合出力文書に反映させました。さらに、APG会合後に、日本が主導し日本案A3によるRR改正提案をAPTの主要9カ国による連名の寄書として作成し、WRC-19に提出しました。

WRC-19会合での議論

会合前の状況

WRC-19会合は、2019年10月28日~11月22日にシャルム・エル・シェイク(エジプト)で開催され、RR改正について議論されました(2)。5GHz帯無線LANに関しては、31件の寄書が入力されました。寄書の内容に基づく主要国・地域の5.2 GHz帯への見解を図2に示します。中国・オーストラリア・ロシアなど屋外利用反対国が多く、また日本・北南米・欧州・韓国などの屋外利用支持国の間でも許容条件の差が大きい状況でした。さらに、前述のとおり技術レポートが完成していないことやAPTだけでなく複数の地域で共同提案がまとまらなかったことから、日本案だけでなく改正なしを含む他国の提案内容でのRR改正について、全会一致で合意することは極めて困難な状況でした。
日本の5.2 GHz帯の議論の対処方針は会合前に総務省と調整しており、日本案A3を包含する条件、または実装上問題のない範囲で日本案A3と同等の条件での全世界共通のRR改正を目標としました。しかし、提出された各国・各地域の寄書を分析した結果、この目標は実現困難な見通しであったため、会合前および会合中に総務省と調整し複数の妥協案を作成して対応しました。

図2 WRC-19会合前の5.2 GHz帯無線LANの主要国・地域の見解

WRC-19会合での議論状況

5.2 GHz帯無線LANの制約緩和の議題は、会合開始直後から議論を開始しましたが終始紛糾し、会合最終日まで週末や深夜も含め議論が続きました。
前半の2週間は、各国・各地域が自らの主張を繰り返し、議論が空転し、妥結する見通しが全く得られませんでした。日本は、最大EIRP 1Wでの屋外利用をAPT向けの例外規定とするため、APT内の反対国(中国・オーストラリア)と重点的に調整を進めましたが、最大EIRP 200 mWまでの妥協が限界とされ、合意形成に向けた協議は折り合いがつきませんでした。
会合3週目に入り、中国と粘り強く継続的な交渉を続けた結果、無線LANの台数制限により屋外利用率を一定値以下にする条件で最大EIRP 1Wでの屋外利用について、日本と中国の間で合意しました。しかし、これまで日本案A3を支持していた韓国・ニュージーランドなどが、自国での実施が困難なことから台数制限に強く反対する立場を表明し、APT内限定の例外規定の合意も困難な状況となりました。
最終週となる4週目で、これまでNo Changeを主張していた国から妥協案が提示され、全世界共通で最大EIRP 200 mWで屋外利用可とすべきとの意見が支配的になりました。しかし、日本としては、この案は現行の国内制度と合致しないため、反対の立場を取りました。そして、日本を含む一部の国では最大EIRP 1Wによる運用がすでに行われており必要であること、EIRPのアンテナ仰角制限を設けることで衛星への影響は200 mWの場合より少ないことを主張し、1Wでの屋外利用に反対する国々への説得を続けました。
最終日の前日の時点で、議長により、通常の会合では期限内に議論が収束する見通しが立たない状態と判断され、各地域の代表者、主要国(日本含む)、WRC-19議長のみで非公式会合が開催され、RR改正案を決める最終調整が行われました。この非公式会合では、米国案A2などの緩い条件での屋外利用については他システムへの干渉増の懸念により合意に至りませんでしたが、日本案A3は米国案A2と比較して干渉量が少ない提案であり、ITU-R会合等を通じて継続的に議論を積み重ねてきた技術検討結果が信頼できる、という議論となりました。その結果、 日本案A3を基に微修正を行ったかたちでRR改正案の最終案とすることに成功しました。
会合最終日のWRC-19全体会合で、全議題の最後に本議題が審議されました。明確な反対意見が示されず、RR改正が確定しました。なお、米国・韓国など一部の国は、自国ではRRより緩い条件を適用する可能性があるとして留保を表明しましたが、改正RRや日本国内制度への影響はありません。

WRC-19議論結果

5GHz帯無線LANのRR改正は、以下のとおりとなりました(3)。

・5.2 GHz帯: 表2に示すとおり、日本国内制度と整合した条件でRR改正。
・5.8 GHz帯: 無線LANに関するRR改正なし〔現行RRでは一部の国のみ移動業務(無線LANを含む)で利用可であり、その対象国の追加が提案されたが、結果として、固定無線向け例外規定の対象国の追加のみ〕。
・5.3 GHz帯、5.4 GHz帯、5.9 GHz帯: RR改正を提案する国がなく、RR改正なし。
・5.6 GHz帯: WRC-19の議題の対象外のため、RR改正なし。

表2 5.2 GHz帯無線LANの改正後のRR

今後の活動

今回のRR改正によって日本はもとより世界各国の無線LANの屋外利用向け周波数が拡大され、広大なエリアに無線LANを効率的に面的展開可能となりました。これにより、陸上競技場・サッカースタジアム・野外コンサート会場など野外イベント会場での情報・映像配信や、災害時の被災情報の収集・避難情報の配信、高画質での防犯・監視カメラなど多様なユースケースでの屋外無線LANの利用拡大が想定されます。また、Wi-Fiオフロードとして5Gモバイルを補完する広帯域通信での利用増加も期待され、NTTグループだけでなく世界の通信事業者にとってビジネスチャンスになり得ると考えます。
また5GHz帯無線LANに限らず、異なる無線システム間の共存は重要な課題であるため、効率的な周波数共用の仕組み等について長期的に検討を進め、国内外の制度改正に向けた活動にも取り組む予定です。

■参考文献
(1) https://www.tele.soumu.go.jp/j/sys/others/wlan_outdoor/
(2) 市川・齋藤・岩谷・大槻:“ITU世界無線通信会議(WRC-19)報告,”NTT技術ジャーナル,Vol.32,No.3,pp.52-56,2020.
(3) https://www.itu.int/pub/R-ACT-WRC.13-2019