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特集

NTT R&D フォーラム - Road to IOWN 2021

What is IOWN?

本稿では、IOWN(Innovative Optical and Wireless Network)の普及拡大に向けた取り組み、「Road to IOWN」について紹介します。本記事は、2021年11月16~19日に開催された「NTT R&Dフォーラム - Road to IOWN 2021」における、澤田純NTT代表取締役社長の基調講演を基に構成したものです。

澤田 純(さわだ じゅん)
NTT代表取締役社長

Road to IOWN

今回、「Road to IOWN」について紹介します。まずその前に、昨今の自然災害に思いを馳せてみたいと思います。2021年は夏に静岡県熱海市で土石流(伊豆山土砂災害)がありました。ドイツでは死者が200人規模に及ぶ豪雨・洪水がありました。また、ハイチの地震やカリフォルニアの山火事など、自然災害の規模が従来に比べてかなり大きくなってきています。そしてこの2年はパンデミックの脅威が私たちの生活を大きく変えました。
一方、このパンデミックにより在宅勤務が一般的となり、なかなか人と会うことができない状況の中で、ネットでつながる世界がより広がりました。それに伴い、ネットに関連する犯罪や、インフォデミックといわれるような情報恐慌等の問題も発生しています。もう少し視点を変えて、自然災害やパンデミックから私たちはどのような教訓を学ぶのか、それは「自然は想定外だらけ」ということです。想定外のことが常に起こっており、さらにコントロール不能であるいう意識を持つべきだと思います。では想定外だらけでコントロール不能だと、どういう結論に達するのか。世界を自然科学の方法で説明しようとする考え方を「自然主義」と呼んでいます。自然主義の考え方だけでは対応不能な自然災害などに対処していくには、科学的に分かっていることだけではなく、備えというものをより広くとらえる必要があります。
世界は論理だけではすべてを説明できません。これをまた違う見方で考えた、ドイツの生物学者・哲学者ヤーコプ・フォン・ユクスキュルが、環世界(ウムヴェルト)という概念を提唱しました(図1)。現在の学問の領域ではあまり注目されていないかもしれませんが、自然災害の規模が大きくなってきている中で想定外のことを考えていく場合、あるいはSNS等の発達により人間どうしが分断されていく事象が多くなる場合には、この環世界の考え方を適用する必要があるかもしれません。技術の進むべき方向としては、この人間の環世界において情報処理が占めている領域が現在はとても小さいので、これをより大きくしていく。言葉を変えると、より自然に近い状態をめざしていくということです。
例えばブロードバンドは、高速大容量のデータ通信を可能にします。これは自然に近い状況を再現するという考えに基づいています。一方、私たちの家にある通信機器が電話からスマートフォンに変わり、そのたびに私たちは新しい機器の使い方を勉強しています。つまり人間に負荷がかかっているわけです。これはあまり自然ではありません。人間の「コミュニケーションをしたい」、「思いを伝えたい」という願望を自然にサポートできる技術が、私たちの世界をより幸せに導いていくのではないかと考えています。

バイオデジタルツイン

現在、米国にあるNTT Research, Inc.では、サイバー空間上に身体や心理の動きを精緻な写像として再現する取り組みを進めています(図2)。特に今ターゲットを絞って研究しているのが心臓のモデリングです。血液の流量データから血行動態のモデル化、シミュレーションを行い、心肺の状況を可視化し、前提条件に基づき、近い未来を予測するかたちで治療を支援していきます。あるいはそのような病気や異変が起こらないように、予防医療に貢献するための取り組みを始めています。これも自然に近づけていくための1つです。

■人間以外の環世界の活用

一方、人間が五感、または第六感も含めて感じている世界は、昆虫、魚類、動物等が感じているものとは異なります。前回のR&Dフォーラムで話をさせていただきましたが、蜂や鳥は紫外線で物を見ています。私たちは可視光線で物を見ているわけですが、もし紫外線で見れるようになったら、今とは違う世界が広がります。このような、より自然に近い世界を創造するということです。
イルカを例にとりますと、イルカは喉の奥、声帯の近くにあるひだを震わせて、約15万Hzの超音波を出します。人間の耳に聞こえるのは約2万Hzまでですので、かなり高い音を発信できます。また、額にメロン器官と呼ばれるこぶがあり、超音波をねらった方向に効果的に発信・受信できる仕組みを持っています。残念ながら人間にはそのような仕組みはありません。しかし、その方法、技術、原理を活用できたらということで、NTTの研究所で開発したのが、パーソナライズドサウンドゾーンという新しい音声の楽しみ方です。パーソナライズドサウンドゾーンに関しては、NTTソノリティという会社を2021年9月に設立し、今新しい商品をつくっているところです。人間がより自然かつ快適になるよう、空間を情報に変えることで、Well-beingにつながりますし、違う環世界の情報を人間のほうに持ってくることができるようになります。
もう1つ、環世界というのは通常は生物で括られている考え方ですが、現代は分断の世の中になり、自分にとって心地の良い情報で括られているコミュニティが強くなっています。これは人間の中に環世界がいくつも出来つつあるような分断された時代が到来しているということです。これをいかにつないでいくのかが私たちには求められています。人間の中の環世界で情報処理をより自然に近づける、人間以外の環世界の方法を適用する、さらには人間どうしのコミュニケーションをより密にしていく、このように異なる環世界をつなぐメディア、これがIOWN(Innovative Optical and Wireless Network)だと私は考えています。

オールフォトニクス・ネットワーク

IOWNのフレームワークは、大きく3層、4つの機能から成り立っています。一番分かりやすいのはオールフォトニクス・ネットワークです(図3)。これは、ネットワークの端から端まで光ファイバにして、情報処理を行っている半導体も光方式に変え、光コンピュータで動かすというものです。オールフォトニクス・ネットワークが大容量、低遅延、かつ低消費電力を支えていきます。データ駆動型社会では莫大なパケット、情報データが発生します。それらを蓄積・変換・処理するデータセンタは、トースターのように熱が出ており、現在はその熱を扇風機で冷やしているという非効率な状態です。しかし、光技術を使うと熱が出ません。これはブレイクスルーをもたらすのではないかと考えています。
このオールフォトニクス・ネットワークの上にあるのが固定ネットワークおよびモバイルネットワークで、多くの会社が世界中でサービスを提供しています。今5G(第5世代移動通信システム)の提供が始まり、次に6Gの時代が到来します。前述のバイオデジタルツインのように、現実空間の物がサイバー空間上で再現されます。そこにプロセッシングの領域があり、これをマルチオーケストレータでつなぐわけですが、この構造がコグニティブ・ファウンデーションです。いろいろな事業者が競争と協調をしていく世の中になりますので、コグニティブ・ファウンデーションがそういう競争を促進する鍵にもなります。相互接続、相互運用の要素で形成されているのがIOWNです。実際に、オールフォトニクス・ネットワークのユースケース、商用に向けた実験が2021年度にいくつか始まりました。

■分身ロボットカフェDAWN Ver.β

株式会社オリィ研究所 取締役CTO椎葉嘉文氏「DAWNは、重度障がい、身体障がい者の方が、インターネットとテクノロジの力を使って健常者と変わらない労働ができるカフェになっています(図4)。低遅延の映像/音声配信の状態で分身ロボットを動かした際に、実際の業務にどのような影響を与えるかの実験を継続的に行っています。IOWNによる高速通信のおかげで、一般のインターネット越しでは不可能だった、細かい道をスムーズに動き、あらかじめ決められた場所でなくても、行きたい場所にちゃんと行けるようになりました。
決められたルートの上を決められたかたちで、決められた順番に移動するのは人間らしくありません。計画になくてもその場で、口頭で言われた業務をこなす等、人間ならできることが残念ながらインターネット越しのOriHime-Dにはまだできません。
高速なネットワークがもっと広がって、五感すべてがお客さまの所に転送できて、障がい者の方があたかもその場にいるかのような体験をして業務に従事できれば、もっとやれることの幅が広がるだろうし、いろいろなことが実現可能になります。そして、健常者との差もどんどんなくなっていくのではないかと思います。そういった環境が実現されたらすごく嬉しいなと思います。」
この分身ロボットカフェについては、6、7年前に株式会社オリィ研究所の吉藤健太朗社長と話をしていました。私たちのように通信の世界に身を置く人間は、「双方向性」こそが通信の基本だと思っていました。つまり機能を配備する際には、双方向でやり取りができることを前提に考えていましたが、OriHimeは片方向です。身体にハンディキャップのある方や障がい者の方、動けない方からは見えますが、私たちからは見えません。双方向で情報を伝えているのはではなく、片方向で存在を伝えているのがこのシステムです。おそらくこのような双方向・片方向というシステムが、これからの世の中にはたくさん出てくると思います。しかし、これを遠隔で操ると遅延が問題になります。今回の実証実験では、NTT武蔵野研究開発センタと日本橋をつなぎ、20ms以下の遅延でこのロボットを動かすことができました。通常ですと約400msはかかりますので、20分の1の遅延で実現できたことになります。

■クラウド型eスポーツイベント

オールフォトニクス・ネットワークの利用が効果的なものの1つにクラウドを介した対戦型ゲームがあります。クラウドを介した対戦型ゲームはお互いリアルタイムで戦うわけですから、大容量の8K映像を20ms以下の遅延でやり取りすることが重要となります。msの遅延と、その10倍の遅延が発生した場合を対比すると、攻撃のタイミングが違うことが分かります。攻撃のタイミングがずれてしまうような遅延環境では、ゲームとして戦うことができません。前述のOriHimeのように、今はまだ20msですが、これを数msまで縮めるような努力をしており、かつ1μs単位で遅延をコントロールして、同期を取れるようなシステムを現在研究開発しています。

■量子計算機時代のセキュリティ

もう1つの例としてセキュリティを紹介します。従来方式(RSA暗号等)に、NTRU方式といわれている格子問題の困難性に基づく暗号を組み合わせることに成功しました(図5)。量子コンピュータによる解読さえも困難な暗号化技術として現在商用化が進められています。
またオールフォトニクス・ネットワークでは、遅延時間があらかじめ分かります。もし盗聴や不正なアクセスがあった場合はこの遅延時間が変化します。つまり、外部からのアクセスがあるかを一瞬で検出することが可能になります。もちろん盗聴されてもNTRU暗号があれば解読できないわけですが、盗聴の事実を検知できるシステムにしていきたいと考えています。

光電融合デバイスの進展

現在の半導体は、チップ間もチップ内も電子で動いていますので熱がたくさん出ます。そこでまずはチップ間の伝送を光にできるよう光電融合デバイスの研究開発を進めており、大阪・関西万博の時期(2025年)に発表予定です。そして2030年にはチップ間に加えてチップ内も光による伝送が可能となる光電融合デバイスの実現をめざしています。
IOWNではいろいろな要素が複合化されて1つのシステムになっていきます。例えば、2020年代後半には、光電融合チップをモバイル通信設備に適用していきます。また、従来のサーバの概念から脱却した、光接続型の新しいIT装置(超強力汎用WhiteBOX)を導入していきたいと考えています(図6)。

カーボンニュートラルの実現へ

NTTグループは、2013年時点で日本の温室効果ガス排出量の約1%、465万トンほどを排出していました(図7)。これからは当然、省エネルギー化を利用し、再生可能エネルギーも適用していきますが、それ以外に何も手を打たなければ情報処理量が増えるにつれ、使う電力も増え、その結果温室効果ガスは増えますので、IOWNの力も含めてカーボンニュートラルを実現する方向に持っていきたいと考えています。
データセンタとモバイルの分野では2030年に、グループ全体では2040年にカーボンニュートラルを実現します。これは、イノベーションを用いて環境問題を解決することと、経済成長を行うという矛盾したものを同時に実現することになりますが、パラコンシステントの考え方で取り組んでいきます。また、IOWNを普及拡大することにより、社会の環境負荷削減にも貢献できるのではないかと考えています。

NTTグループの変革の方向性

さてNTTグループの変革の方向性ですが、現在3つの柱で考えています(図8)。
まず、デジタル化やDX(デジタルトランスフォーメーション)が世界中で進展する中で、国内・グローバル事業を強化していこうと考えています。次に、withコロナやafterコロナの社会において、これは日本の場合ですが、私たちは分散型ネットワーク社会に移行し、これに対応した新たな経営スタイルを導入していかなければなりません。最後にWell-beingの最大化に向け、 ESG等の取り組みにより企業価値を向上したいと考えています。そして、最終的には持続可能な社会実現への貢献を考えています。

新たな経営スタイルへの変革

経営スタイルの変革についてですが、コロナ禍において在宅勤務を継続・強化しました。その結果、社員の満足度、中でも特に子育て世代の社員の満足度が向上しました。それはやはり育児や共働きにおけるハンディキャップをリモートワークで解決できる部分があるということす。そこでこれからの社会を展望し、ワークインライフ(健康経営)を推進したいと考えています(図9)。

持続可能な社会

一方、私たちがめざす持続可能な社会とはどのような社会でしょうか。まず、AかBかというような「二元論ではとらえられない」、そしてダイバーシティという言葉が表すとおり、「事実は主体によって異なる」ということです。さまざまな視点やいろいろな考え方など、対抗しているものを包摂し、同時に実現させることが持続可能な社会ではないかと思います。そのときの基本理念としているのが「Self as We」です(図10)。一般的には私たちの社会はこれまでSelf as Iの理念で動いてきました。いわゆる個を大事にすることです。生物学者の福岡伸一先生いわく、どの生物も種を超えることはできません。利己的な遺伝子いう言葉もありますが、自身と自身の子孫だけが大切だとする考え方を超越したのが実は人類で、遺伝的なつながりだけにとらわれない個を実現させました。
具体的には、LGBTQ等を包摂していこうという概念は、人間でないと出てきません。それがSelf as Weなのですが、さらに次の時代に目を向けると、自分の分身がサイバー空間にも出ます。それは一種の物、またはシステムかもしれません。そしてサイバー空間には自分の家族・仲間・コミュニティもあります。つまりSelf as IではなくてSelf as Weの世界なのです。そういう概念を持つべきではないかと考えています。
Self as Weの考え方は、「自然は利他的な存在で「われわれ」はその一部」であり、そして「「われわれ」を倫理の糸で結ぶことで文化・社会は安定」し、「利他的共存(自らの幸せと他の幸せの共存)」をめざすことです。テーマとしては、「自然との共生」「文化の共栄」「Well-beingの最大化」です(図11)。
この3つの考え方、テーマに基づいてサステナビリティ憲章を制定しました。この中で「環境エネルギービジョン」「新たな経営スタイル」、そして「人権方針」を体系化し、初めてグローバルベースでNTTグループ全体に共有しました(1)。

おわりに

本日はたくさんお話しさせていただきましたが、もう少し深い話をいろいろな有識者の方と対談させていただいた書籍『パラコンシステント・ワールド』が出版されます。ぜひ一読いただければと思います。

■参考文献
(1) https://group.ntt/jp/newsrelease/2021/11/10/211110d.html