グローバルスタンダード最前線
ITU-T SG16会合報告およびILE技術の標準化動向
2022年10月にITU-T SG(Study Group)16会合が開かれ、SG16の新体制が発足しました。日本からは副議長1名、WP議長2名が就任しています。ILE(Immersive Live Experience: 超高臨場ライブ体験)分野では新規検討開始の1文書を含む4文書の議論が行われ、触覚情報伝送のための記述子の定義追加などが行われました。またメタバースに関する検討会議が開かれ、FG(Focus Group)の設置がTSAG(Telecommunication Standardization Advisory Group)にはかられることになりました。2023年1月に就任した尾上誠蔵TSB(Telecommunication Standardization Bureau)局長の下、産業界をも巻き込んだ好循環と発展が望まれます。
長尾 慈郎(ながお じろう)
NTT研究企画部門
SG16新体制発足
ITU-T(International Telecommunication Union-Telecommunication Standardization Sector)の体制は4年の研究会期(Study Period)ごとに見直されます。上位の会議体から順に、PP(Plenipotentiary Conference)*1でITU全体の方針が決定され、WTSA(World Telecommunication Standards Assembly)*2でITU-Tの全体方針の決定やSG(Study Group)議長の任命などがなされます。
さて、直近のITU-T SG 16会合は2022年10月17~28日の日程で開催されました。新型コロナウイルス感染症の影響でしばらく完全オンラインの会合が続きましたが、今回は約2年ぶりに現地(ジュネーブ)物理参加を含む、ハイブリッドでの開催となりました。今会合はWTSA後の初めてのSG16会合でしたので、WTSAで任命された議長(再任)のもとでのSG16の体制が決定されました。また、SG16の名称もWTSAにてMultimediaからMultimedia and related digital technologiesに変更されました。今会期(通常4年間ですが、新型コロナウイルス感染症の影響でWTSA-20の開催が延期されたため、例外的に2022-2024の約2年間です)のSG16の議長、副議長を表1に示します。日本からは山本秀樹氏(沖電気工業)が副議長に選出されています。また、今SG16会合では個々の課題を議論するQ(Question:研究課題)の座長であるRapporteur(ラポータ)およびAssociate Rapporteur(アソシエイトラポータ)、それらのQをまとめる3つのWP(Working Party)の議長が指名されました。今会期のWP議長(共同議長)を表2に示します。規定や慣例があるわけではありませんが、今会期はすべてのWPに対して2名ずつの共同議長が指名されました。日本からは山本氏がWP2共同議長に、今中秀郎氏(NICT)がWP3共同議長に指名されています。また、Qと役職者(ラポータおよびアソシエイトラポータ)の一覧を表3に示します。日本からはラポータ3名〔Q8今中氏、Q27山本氏、川森雅仁氏(慶應義塾大学)はQ26とQ28を兼任〕とアソシエイトラポータ2名〔Q8筆者、Q27清水直樹氏(三菱電機)〕が指名されています。
*1 PP:ITUの最高意思決定機関。4年ごとに開催されます。ITUの加盟国約190カ国から各国の代表が集まります。
*2 WTSA:ITU-Tの最高意思決定会議。4年ごとに開催されます。WTSA-20は新型コロナウイルス感染症の影響で延期され、2022年3月に開催されました。SGの次会期の研究課題の承認、議長・副議長の指名、勧告・決議の承認などが行われます。
SG16会合トピックス
今回のSG16会合からトピックスを2つ紹介します。
■ILE
SG16のQ8はILE(Immersive Live Experience: 超高臨場ライブ体験)の検討を行っており、NTTはQ8設立当初から積極的に活動しています。これまでにITU-T H.430.1(ILEの要求条件)からH.430.5(ILEの表示環境参照モデル)までの5つの勧告を完成させています。昨年ごろからILEの中でもインタラクティブ性を重視したIIS(Interactive Immersive Services)関連の検討が始まったことに加え、NTTからは触覚伝送に関する勧告草案H.ILE-Hapticを提案しています。これらをはじめとして今会合で検討された内容を紹介します。なお今会合で新規に検討開始されたH.IIS-FA以外の文書に対してはNTTから1つ以上寄書しています。
(1) H.430.3 V2(ILEのサービスシナリオ第2版)
ILEのサービスシナリオやユースケースを解説している文書です。触覚伝送およびIISの検討が始まったことを受けて、ITU-T勧告H.430.3の改版を検討しています。今会合では関連するサービスシナリオの記述の精査を行ったほか、SG13から関連技術の情報提供を受け、草案に盛り込む作業を行いました。
(2) H.IIS-Reqts(IISの要求条件)
IISの要求条件を定義する文書です。今会合にはコンセント(勧告化合意)の提案が出されましたが、会合中の議論において記述の詳細化や章構成の変更など、比較的大きな修正がなされたため、今会合でのコンセントは見送られました。
(3) H.ILE-Haptic(ILEの触覚伝送プロトコルとシグナリング情報)
ILEに触覚伝送技術の要素を追加するためにNTTが検討開始を提案した勧告草案です。現状のILEの勧告では映像、音声、位置情報等の伝送が規定されていますが、ILE超高臨場感をさらに高めるために触覚情報の伝送を規定することを目的としています。今会合では、扱う情報に硬さなどを追加したほか、触覚情報伝送のための記述子の定義が追加されました。
(4) H.IIS-FA(IISの機能アーキテクチャ)
今会合で検討開始が合意された新規検討項目です。IISのハイレベルアーキテクチャや機能アーキテクチャ等を規定することが想定されています。内容は今後の会合で議論される予定です。
■メタバース
メタバースに関するCG(Correspondence Group)が前回(2022年1月)のSG16会合で設置されました。今会合には日本からもメタバースに関するFG(Focus Group)*3の設置を提案する寄書が出されています。本CGは今会合でも開かれ、FG設置の可否、設置する場合にSG16とTSAG(Telecommunication Standardization Advisory Group)*4どちらの配下とするか、FGの名称についてTSAG(2022年12月)の判断を仰ぐことになりました。
*3 FG:SGの特定課題の検討の加速や、SG横断的な課題の検討のために設置される、ITU-Tメンバ以外の参加も可能なグループ。
*4 TSAG:WTSAが開催されない年に開かれる、ITU-Tの管理運営面の助言を行う会議体。
今後の展開
2022年9月から10月にかけて開催されたPP-22(1)では、日本の尾上氏〔当選当時NTT CSSO(Chief Standardization Strategy Officer)〕がITU-Tの次期TSB(Telecommunication Standardization Bureau)局長に選出されました。2023年1月に就任されました。日本からのTSB局長就任により、日本の電気通信標準化活動がさらに活発化することが期待され、SG16でもより活発な議論が展開されることが期待されます。ILEについてはH.ILE-Haptic等の勧告完成をめざしてNTTからも継続的な寄書を予定しています。メタバースは標準化の世界のみならず、市場からも注目されている分野です。技術を実装する力を持つ産業界と、誰もが使える標準を世界中に普及させる役割を持つITU-Tとの連携等により新しい好循環が生まれ、発展していくことが望まれます。
■参考文献
(1) https://pp22.itu.int/en/