トップインタビュー
シリコンバレーのど真ん中で勝負 ―― Open Mindedが社会のあり方を根本から変革する
量子コンピュータ、ライフサイエンス、そして、暗号情報の3研究所を携えてNTT Research, Inc. がシリコンバレーの中心地、パロアルトに2019年4月発足しました。新たな人材エコシステムの構築を模索し、社会の構造を根本的に変革する基礎研究に取り組みます。オープニングセレモニーではアカデミア、ビジネスの双方から激励を受け、滑り出しは好調です。人的ネットワークの重要性も知り尽くしたトップはどのような舵を切るのか、五味和洋NTT Research, Inc. 代表取締役社長に今後の展望を伺いました。
五味 和洋 NTT Research, Inc. 代表取締役社長
PROFILE
1985年NTTに入社。2001年NTTコミュニケーションズ グローバルIPネットワーク事業部担当部長、2004年NTT America, VP of Global IP Network Business Unit、2009年同、Chief Operating Officer、2010年同、President and Chief Executive Officerを経て、2019年4月より現職。
アカデミア、ビジネスの双方から激励されたグランドオープニング
グランドオープニングセレモニー、大成功おめでとうございます。前に向かって進んでいく力強さを感じました。
スタンフォード大学をはじめとしたアカデミアから、グローバルで活躍している企業等の多くの方々にお越しいただき心より感謝申し上げます。アカデミアとビジネス分野、それぞれの刺激を受けられる場所を拠点とできたことを実感しました。
セレモニーでは、多くのゲストの方々からフィードバックをいただきました。例えば、長期的な展望に立ち、社会問題の根本的解決に取り組み、研究者や研究所を活性化させるというビジョンを掲げている企業は多くはない中で、NTTの意気込みが感じられてうれしかったという激励です。むろん、社交辞令もあるかと思いますが、NTT Research, Inc. の立ち上げは意味あることなのだと再確認しました。
それではまず経営方針についてお聞かせください。
私たちのミッションの1つとしては、このシリコンバレーの地で社会のあり方を根本的に変革するような先進的な技術に関する知的財産(IPR: Intellectual Property Rights)をつくり出すことです。具体的には、NTTのR&Dが保持しているコアな技術とグローバルな視点を携えた人材・研究員、およびパートナーが、シリコンバレーの地で化学反応を起こすことで、研究所や研究を活性化させたいと考えています。
NTTグループ各社からの研究開発費で運営している企業の研究所として、基礎的・根本的な研究を通してNTTグループ会社の価値を高めること、それが私たちNTT Research, Inc. のつくり出すバリューです。その観点からすると先進的な技術開発に取り組んでいるNTTグループが、海外で世界のトップクラスの研究者とともに先進的な研究開発に取り組むこと自体が大いに価値のあることだと思います。しかし、それだけではなく、すでに世界的な実力を持つ研究者がNTT Research, Inc. に来てくれていますから、その実力を活かして先進的な価値となるような成果として仕上げていくことが重要となります。
パロアルトを拠点としたのはどのような理由でしょうか。
シリコンバレーの中心にあるパロアルトはNTTグループ、そしてNTT Research, Inc. にとってベストであると判断し拠点としました。スタンフォード大学も近いことから新しい技術の発信地であり、人も集まりやすい独特な雰囲気もあります。漠然とした言い方ですがこの地の「空気」は違います。それは共同研究をする相手、パートナーがいること、彼らとともにプロジェクトに取り組めること、さらに、世界的なタレント、つまり才能ある研究者やビジョナリーが存在していることが影響しているからだと思います。ただ、今後はこうした環境を携えた第二、第三のシリコンバレーのような場所に拠点をつくっていくことも、当然のことながら考えていかなければいけないと思います。
グローバルビジネスの競争力強化に挑む3つの研究所を設立
NTT Research, Inc. には3つ研究所が存在します。それぞれがどのような役割を果たし、展開するのかをお聞かせいただけますでしょうか。
NTT研究所が独自の技術を蓄積してきた物理学(PHysics)と情報学(Informatics)の共創領域を探求する量子計算科学研究所(Physics & Infomatics Laboratories)。ここでは基礎物理学研究、特に散逸系における量子論の基礎研究と、その情報処理への応用など全く新しい理論を構築する基礎研究を推進していきます。そして、暗号情報理論研究所(Cryptography & Information Security Laboratories)は、安心・安全な未来を構築するための暗号理論および情報セキュリティの基礎研究として、高度先端機能に対応した暗号理論やブロックチェーン等の分散環境下における安全性理論などを探求します。さらに、生体情報処理研究所(Medical & Health Informatics Laboratories)は、プレシジョン・メディシン(精密医療)につながるAI(人工知能)など生体情報の分析技術に取り組みます。そして、これらの研究所長には世界的に著名で実績のある人に就いていただいており、その人脈を活用し、NTT研究所が蓄積してきた独自技術を支える研究領域に、海外をはじめとした外部の優れた研究者と国内と連携する新たな研究チームを組成しました。
また現在、NTTの研究開発全体ではIOWN(アイオン:Innovative Optical and Wireless Network)を打ち出しています。これはNTTが現在検討している光ベースの革新的なネットワークおよびそれに関連した技術をまとめた大きな構想です。IOWNを活用して何ができるかというと、例えば、サイバー空間に物理空間をすべて再現する、DTC(Digital Twin Computing)が挙げられます。これにより、さまざまな予知を行うことができるようになります。サイバー空間上で物理空間をシミュレーションすることによって、医療分野では将来罹患するであろう疾病などを予測することができるようになるはずです。ある人間のすべての情報を基に、サイバー空間にその人間をつくることです。そうすると、例えば今の食生活や生活習慣を続けていく場合の、その先の健康状態を予知できるようになるでしょう。これが分かれば、その健康状態に対して本当の意味の正しい医療を施すことにつながると考えます。これはまさに気象予測の人体版のようなものです。昨今の気象予測は精度が高くなり、かなり狭い範囲を特定し予測できるようになりました。これは、国家レベル、世界レベルでセンサからより多くの情報を集め、強力なコンピューティングパワーを駆使して初めて実現できるものです。これと同じことを人体予測に活かそうということです。ただ1人の人体予測ではなくすべての人がその技術を使うことができるようにし、最終的には社会に生きるすべての人を健康的で長生きにするためには、莫大な計算量が必要になります。プライバシーも深くかかわってきます。さらにはただセキュリティやコンピュータといった技術だけではなく、医療情報をどのように収集・蓄積したら良いのか、それをどのように理解・解析したら良いのか、というテーマにつながっていきます。
さらに、DTCやその医療分野への活用のほか、暗号情報も注目されている分野です。暗号は人に見せない、盗まれても解読できないものであることが大前提です。ところが、ITシステムが普及してくると、この「解読できない」の意味が変わってきます。ある人に対しては見せても良い情報が、ほかの人には見せたくない、もしくは一部ならば見せても良い、というように必ずしも“All or Nothing”ではなくなってきます。これに伴い、暗号への期待度が変わってきます。この期待にこたえられる研究者が、NTT Research, Inc. に参画し、相手に応じて開示する度合いを調節する技術の研究開発を進めています。この技術が実現化すれば、社会を大きく変えるのではないかと期待しています。
このように、量子計算科学、暗号情報、生体情報処理はDTCを実現するためのキーとなる分野であるという予測の下、それぞれの分野ごとに研究所を立ち上げました。もちろん、この3つの研究所の扱うテーマは現段階で想定できるハードルの高い技術だと思いますし、それぞれの技術や研究成果のみでは実現できないことも多いと思います。しかし、この3つのテーマを組み合わせていくことで、最終的にはゴールに到達できると考えています。一方で、オープニングセレモニーにお越しいただいた皆様からも大いに注目を浴びている領域ですから、テーマの設定は間違えていなかったと実感しています。
そうした展望を踏まえてR&Dに期待することをお聞かせいただけますでしょうか。
私は、NTT入社後研究所に配属されたのですが、今回のNTT Research, Inc. という研究サイドの社長に就任する以前は、18年ほどビジネスサイドにいました。研究開発を推進する立場というよりは、研究開発成果に期待する立場でした。こうしたバックグラウンドから眺めてみますと、研究開発によって生み出される技術やプロダクト、サービスは、当然のことながらすごいもの、他社にはマネのできないようなものであることが期待されます。また、NTTには「すごい研究者がいて、すごいチームがあり、すごいビジョンを持っている」という評価が世間一般に認められることも期待の1つです。
現在、ほとんどのお客さまにとってITがイノベーションの源泉となっており、ITの存在を無視できない状況にあり、ITで失敗するとその会社そのものがつぶれてしまうくらいの状況になっています。このようにITの重要度が増せば増すほど、単なるパートナーとの連携ではなく、「とても信頼できる」パートナーとの連携が重要だと、どの経営者もおっしゃっています。では、信頼できるパートナーとはどのようなパートナーなのでしょうか。それは、お客さまから見て、長く付き合いたいと思われる、短期的ではなくロングスパンで付き合って良かったと思われるプレーヤーです。そのためにはR&Dチームを持っていて、先を見て世の中をリードできる企業であることが重要です。その意味ではNTTグループは、NTT Research, Inc. の存在そのものが信頼できるパートナーとなり得ると考えています。そのバリューを高めていくためにも、先見性のあるしっかりとしたビジョンを持ち、すぐれた研究者、研究開発チームとともに視野を広げて成果を出していくことが重要なのだと考えています。ところで、過去に雑誌のインタビューを受けたときに、私は自らを「技術オタク」と称したことがあり、今も技術オタクであると自覚があるのですが、NTT Research, Inc. の研究者のプレゼンテーションを聞き、彼らと話していますと、彼らは私の何百倍もオタクであるとつくづく感じます。そんな彼らの存在にとても期待が高まりますし、一方で、自分のことを技術オタクと称するなんて偉そうなことを言ってしまったなと恥ずかしくなっています。
Open Minded. まずは何事も受け止めることから始める
五味社長は、これまで日本、米国のみならず世界を相手に戦ってこられました。これまでの経験から得られた教訓はございますか。
社会はどんどんグローバル化しています。米国でビジネスをしてきて感じたことは、私たちの競争相手は国籍に関係なくチームが組まれています。私はサッカーが好きなのでサッカーに例えて言いますと、このようなチームに混ざって世界で勝ち抜くには、日本代表チームをつくっても勝てません。世界選抜チームをつくることを考えなくてはいけないのだと強く感じます。そのために、社員はこの世界選抜チームの一員であり、マネージャークラスの社員には世界選抜チームを維持できる、マネージをできる力・立ち位置が必要になります。そしてこのチームで勝ち進むには、“Open Minded”に根ざす分析、判断、行動が重要になります。言うまでもありませんが日本国内の常識にとらわれてお付き合いすると、良かれと思ったことでも必ずしも相手が喜ぶ結果を生むことにつながるわけではありません。つまり、相手は違う文化や常識を持っていますから、相手の望む対応や提案ではないこともあるのです。このように、相手に違和感を覚えたときや変なことを言ってきたと感じたときは嫌悪感や反発心を抱くのではなく、いったん深呼吸をして受け止めることが大切です。そして、なぜこんなことを言ったのかと、言葉の裏側にある本意を考えてみるのです。まずは相手を受け止めることが“Open Minded”の基本で、相手の良いところを見極める姿勢を持って行動していくことが重要なのだと思います。
少し偉そうな言い方になってしまいますが、仕事柄たくさんの方々とおつきあいさせていただいたことの教訓ともいえますが、長く暮らしている米国は社会全体が“Open Minded”の視点を持っていますし、社会的に成功している方々はその傾向が強いようです。ダイバーシティに富んでいる社会ではそのような視点が大切なのだと思います。
研究者の皆さんにこのような感覚を養っていただくにはどうしたら良いでしょうか。
まずはどんどんと研究所の外に出て、いろいろな文化、バックグラウンドを持つ人と一緒に研究していただくことが大切です。特に若い研究者の皆さんには、素晴らしい機会になるでしょうから、少しでも良いからぜひ外に出てきてほしいです。出てくるからには異なるカルチャー、バックグラウンドの人と積極的に交流していただきたいです。ただ、注意しなければいけないのは、私もこのような姿勢で仕事をしてきましたが、すべてにおいて成功したわけではなく、詳細を語るのも嫌だと思う苦しい経験もありました。非常に表現が難しく、的確な表現が見つからないのですが、さまざまなバックグラウンドや文化を持つ人たちを信じすぎてはいけないという一面もあるのです。契約書文化の米国でのビジネスシーンでは特に多いとは思い、脇をしっかりと固めて臨まなければならないこともあリます。信じることと疑うことのバランス感覚を持つことが大切だと思います。
これらを踏まえて、私自身を成長させることにつながったと思うのは目標を持つことです。その目標を示してくれるメンターと呼ばれる人は、日常よく話をする人で、身近な存在であり、常に近くで刺激を与えてくれます。それだけではなく遠い存在であっても、単にあの人はすごい、あんな人になりたいと思うことでさえも重要だと思います。例えば、私にとっては元IBMのルイス・ガースナー会長です。彼のプレゼンテーション、スピーチを聞いて、私もあんなふうにスピーチできたらなと強く思ったことを今でも覚えています。1999年ですから20年前のことですね。
「NTT Research, Inc. ってすごいぞ!」と世間に言わしめたい
オープニングセレモニーのスピーチは堂々としていらしてとても感動的でした。
ありがとうございます。あのスピーチにおいても私はガースナーのようになりたい、と思ってプレゼンテーションしたのは事実です。私がインスパイアされたプレゼンテーションは、当時IBMが推進していたeビジネスについてでした。その時代の走りであったPowerPointのスライドを一切使わず、壇上に上がり、資料も何も見ないで話したのです。それも30分から1時間もeビジネスを語り、会場を魅了しました。そのとき、私は「かっこいい、これだな」と思ったのです。だからオープニングセレモニーでは、ガースナー流にプレゼンテーションしたのです。
すでに「Kazu流プレゼンテーション」が確立されているようにも感じました。さて、Kazu流のプレゼンテーションで紹介されたNTT Research, Inc. はいよいよ本格始動です。今後はどのように進んでいかれますか。抱負をお聞かせください。
Kazu流ですか? ありがとうございます。7月9日現在、約30人を携えてNTT Research, Inc. はスタートしました。そのうちの20人の研究員はそうそうたるメンバーで、ドクター(博士)は当然としてそれのみならず、プロフェッサー(教授)の肩書を持つスタープレーヤーが半数以上在籍しています。分かりやすく肩書を使って説明しましたが、単に肩書だけではなく卓越した才能・実績をお持ちの皆さんです。こうした方々にお集まりいただけたこともうれしいですし、順調なスタートを切ることができたのはある意味、運にも恵まれたと思います。ただ、こうしてNTT Research, Inc. に来てくれた研究者の期待にこたえるためにも私はマネジメントの立場でしっかりとNTT Research, Inc. を築いていかなくてはいけないと身を引き締めています。スタート時である現在は、シリコンバレーを拠点に3領域の研究を進めていきますが、今後拠点も研究領域も拡張していく必要があります。そのため、研究者、スタッフの皆さんに快適に、意欲的に研究に挑んでいただくための環境を整えていくことが重要です。そして研究をどんどん加速して、成果を出して、「NTT Research, Inc. ってすごいぞ!」と世間に言わしめたいです。
(インタビュー:外川智恵)
10年余り住んでいたニューヨークのご自宅を手放して、シリコンバレーへと移り住む五味社長。不動産をみていると、その価格の違いのはなはだしさに驚くと語られました。シリコンバレーの不動産の高騰はITへかける世界の期待の大きさを物語っているように思います。そんな世界の注目を集めるシリコンバレーの中心地、パロアルトへ居を構え、NTTのみならず、社会からの期待を一身に背負う五味社長は好奇心の塊でいらっしゃるようです。NTT Research, Inc. のプレスリリース等に掲載されているお写真があまりに素敵でしたので、インタビュー後の写真撮影時にそのことを伝えると、にっこり笑って「あれ、実はモデルを務めたときの写真なんですよ」とおっしゃるのです。トップインタビューではあまり聞いたことのない、「モデル」という言葉が飲み込めずにいると、続けて「人のつながりから、ある洋服メーカーが米国に住む外国人を起用したカタログをつくりたいのだがどうかと言われて、安請け合いしてしまったのです」とのこと。ようやく事の次第が分かりました。
「モデル経験のみならず、新しいことや人に出会うたびに刺激を受け、それが新しい発想やビジネスにもつながることがあるのですよ」と話されました。常に好奇心旺盛であることはインタビューで話されたまさにOpen Mindedのスタンスです。
また、オンオフをしっかりしろと人には言いつつ、休日に部下に電子メールを送ってしまうのはダブルスタンダードなのだとおっしゃっていました。返信したくなるトップであることの裏返しかもしれません。社員の皆さんと固いきずなを築かれていることが分かります。
「運動が大好きなので、走ることを楽しんでいます。出張先でも早朝走っていますよ」という五味社長、新しい風の吹くシリコンバレーを走りながら、さらなる刺激を受けて、NTT Research, Inc. をけん引されるお姿を思い浮かべたひと時でした。