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グローバルスタンダード最前線

ITU-T SG13最新動向の紹介

ITU-T(International Telecommunication Union - Telecommunication Standardization Sector) SG(Study Group)13は、将来ネットワークのコンセプト策定を主なミッションとするグループです。モバイルネットワーク、クラウド、量子鍵配送など将来ネットワークに関するさまざまなテーマが議論されています。標準化コミュニティにおいては、2030年の実用化をめざし、将来ネットワークの検討が進んでおり、この動きの中で、SG13の活動が期待されています。

後藤 良則(ごとう よしのり)
NTTアドバンステクノロジ

はじめに

一般に5G(第5世代移動通信システム)として知られているIMT(International Mobile Telecommunications)-2020が研究開発段階から導入、普及の段階に移行するに従い、標準化コミュニティでは、2030年をめざした新たなネットワーク構想の検討が進んでいます。ITU-T(International Telecommunication Union - Telecommunication Standardization Sector)においては、このような将来ネットワークの検討をミッションとするグループとしてSG(Study Group)13が活動しています。その中では、仮想化、AI(人工知能)の活用、ネットワークとコンピューティングの連携、量子技術の活用などさまざまなアイデアが持ち込まれ、将来ネットワークのビジョンを検討しています。また、アフリカをはじめ、多くの途上国が参加することで、先進国中心に議論が進むフォーラムなどではみられないユニークな視点での検討も進んでいます。ここでは、このようなSG13の活動を紹介し、特に今後検討が加速すると予想される次世代モバイルネットワークやその関連技術に関する展望を紹介します。

SG13のミッション、構成

SG13は、将来ネットワークのコンセプト策定を目的に活動しているグループです。他のSGと異なり、実装レベルの詳細な技術仕様策定を主たる目的とはしておらず、SG13での検討結果は多くの場合要求条件、アーキテクチャといった文書にまとめられています。これらは目的する対象のシステム、ネットワークのあるべき姿、抽象的な概念を表現したもので、実装技術と切り離して抽象的かつハイレベルな記述とすることで汎用性の高いシステムデザインを描いています。SG13は独自の技術仕様の開発を行わない代わりにITU-Tにおけるインキュベータのような役割を担っており、大学や研究機関に所属する学術関係者など、通常標準化に参加しない専門家からの提案を重視しています。このため、FG(Focus Group)と呼ばれる参加資格を緩和したグループを必要に応じて設置することでITU-Tの会員以外の専門家からの提案の呼び込みを図っています。また、SG13で扱うような最新の技術テーマは、関連する標準化団体も多岐にわたることからこれらとの連携を推進するためにJCA(Joint Coordination Activity)と呼ばれる調整グループを設置しています。表にSG13と関連の深いFG、JCAを示します。
SG13はITU-Tの他のSGと同様に、具体的な技術テーマの検討を推進するために課題(Question)が設けられています。図1に示すように現在13の課題が設置されており、これらを3つのWP(Working Party)に配置しています。
SG13は基本的に9カ月ごとに正式なSG会合を開催していますが、議論を加速するためにSG13の全課題が集まる合同ラポータ会合をSG会合の間に開催しています。このため、おおむね年に3回程度会合が開催されています。これらの会合は、おおむね200件程度の寄書と200~300名程度の参加者を集めており、ITU-Tにおいては比較的規模の大きいSGとして知られています。

技術的なテーマ

■IMT-2020を含むモバイルネットワーク

IMT-2020をはじめとしたモバイルネットワークはSG13の主要なテーマの1つです。モバイルネットワークは無線区間と有線区間の組合せで構成されており、無線区間に関してはITU-R(International Telecommunication Union - Radiocommunication Sector)の所掌となっています。このため、SG13におけるモバイルネットワークは無線区間を除く部分となっています。
IMT-2020においてSG13は、その傘下のFG-IMT2020とともにネットワークの資源の仮想化とそれを利用して柔軟な仮想ネットワークの生成を行うネットワークソフトウェア化のコンセプトを検討しました。この検討は、ネットワーク管理におけるAIの活用へ進化し、FG-ML(Machine Learning)5G、FG-AN(Autonomous Network)の検討へと引き継がれました。ETSI(European Telecommunications Standards Institute)においてもZSM-ISG(Zero touch network and Service Management - Industry Specification Group)などAIの活用によるネットワーク運用自動化の技術検討が進捗していますが、このような活動との連携も推進しています。
IMT-2020は、2020年が実用化の目標時期であったため、現在はIMT-2020の発展型に検討がシフトしています。2030年を実用化目標時期としている次世代モバイルネットワークのコンセプトは各標準化団体で検討中ですが、IMT-2020の発展型として検討されているテーマのいくつかがその主要構成技術となることが期待されます。

■クラウドコンピューティング

ITU-Tにおけるクラウドコンピューティングの検討は、2010年に設置されたFG-Cloudにさかのぼります。FG-Cloudは2012年に活動を終了し、その活動の多くがSG13WP2の課題に引き継がれました。コンピューティングと通信ネットワークは関連が深いように思われがちですが、コンピューティング業界と通信業界は標準化のあり方や標準化団体に大きな違いがあります。通信ネットワークを検討対象とするITU-Tにとって検討テーマの選定が重要でした。SG13においては、複数のデータセンタをネットワークで介して連携させる形態であるインタークラウドに注目し、そのコンセプトをY.3511などの勧告としてまとめました。
IoT(Internet of Things)を中心にセンサなどのデバイスから生成されるデータの利活用が課題として認識されるようになり、SG13におけるクラウドの検討もデータの扱い、特にビッグデータのプラットフォームとしての検討が行われるようになってきました。データの提供、仲介、消費に関する一連の構成やデータの履歴に関するメタデータなどが勧告としてまとめられています。

■量子鍵配送

量子鍵配送は、量子力学的な効果を利用して異なる拠点間で安全に暗号鍵を共有できる技術です。従来の暗号技術と異なり安全性が数学的な計算の困難さに依存しないことから、コンピューティング技術の発展による安全性の劣化の心配がないという特徴を持っています。研究は成熟しており、実証実験の実施など実用段階に近づいています。
ITU-T SG13においては、2018年より量子鍵配送の検討が開始されました。量子鍵配送(図2)は伝送距離に制約があり、数10km程度の距離しか伝送できないという特徴があります。これにより、例えば、全国をカバーするような広域のネットワークの構築に課題があります。このため、量子鍵配送が運用可能な距離にノードを設置することで広域のネットワークを構築するアイデアが提案されました。この量子鍵配送の基本的な構成は勧告Y.3800(全体概要)、Y.3801(要求条件)、Y.3802(アーキテクチャ)にまとめられています。図3に示したように、量子鍵配送の基本的なコンセプトを勧告化したことで、鍵管理、量子鍵配送の管理システム、ソフトウェアによる制御、量子鍵配送を利用したセキュアなストレージなどの詳細技術、応用技術の検討が進んでいます。量子鍵配送の検討は主に課題16で進められていますが、QoS(Quality of Service)に関しては課題6で検討されています。また、セキュリティを担当するSG17とは連携を図っています。

■その他のテーマ

ネットワークの中を伝送されるパケットの内部を検査して、セキュリティやQoSの向上に利用しようというアイデアがあり、課題7でDPI(Deep Packet Inspection)として検討が進められています。通信ネットワーク中のトラフィックを監視することについては各国の法律で定められている通信の秘密との関係から議論を呼んでいます。関連する勧告には各国の法令に従った運用を行うように記載されていますが、西側諸国から懸念が示されることもあります。
多くの標準化団体では、先進国の参加者を中心に議論が進められ、先進国の通信業界の状況を前提としたテーマが検討されています。一方で、ITU-Tの加盟国の多くは開発途上国であり、これら開発途上国の意見が国際標準化に十分反映されていないとの批判もよく聞かれています。SG13においては、開発途上国に関するテーマを議論する課題5が設置されており、アフリカ諸国の参加者を中心にモバイルネットワーク、クラウドなど最新の通信インフラ整備に向けた課題が議論されています。各国の通信インフラの現状、ICT産業を軸とした産業育成に関する寄書が提案されることもあり、日本にいては知りえない途上国の実情を知ることができる貴重な機会となっています。また、SG13はSG13RG-AFR(Regional Group for Africa)、 SG13RG-EECAT(Regional Group for Eastern Europe、Central Asia and Transcaucasia)の2つの地域グループを設置しており、各地域におけるSG13にかかわる活動の活性化を図っています。

今後の展望

SG13は将来ネットワークをテーマとするグループとして常に将来のネットワークのコンセプト検討に力を注いできました。現在、各標準化団体で2030年に向けたネットワーク構想の検討が進んでいます。ITU-Rにおいては、2030年を目標とした次世代モバイルネットワークのビジョンの検討が進んでいます。モバイルネットワークの非無線部分を責任範囲とするSG13においても、この分野の件が加速すると予想できます。
IMT-2020においては、2015年にSG13の傘下でFG-IMT2020を設置し、スライスやネットワークソフトウェア化などの新概念を提唱し、その後の標準化のトレンド形成に貢献できました。次世代モバイルネットワークの標準化においても同様の役割が期待されています。具体的には、IMT-2020の発展型として取り組んできたAI/MLを活用したネットワーク管理、AI/MLを効率的にサポートするためのコンピューティングとネットワークの融合などが有望なテーマと思われます。特にコンピューティングとネットワークの融合に関しては、クラウドコンピューティングに取り組んできたSG13の経験を活かせる分野です。コンピューティング関係の専門家の参加を促すためにも、FGのような仕組みを活用し、新分野を開拓することを期待したいと思います。