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特集1

人間と情報の本質探求と人に寄り添う技術の協創

ヒトの動きが“ばらつく”ことの本質

理想の投手は「投げたいと思う位置」に「何回でも」投げられますが、それを可能としているのは体を操る脳の情報処理です。本稿では、「脳が筋を動かすタイミングの乱れ」が運動をばらつかせる原因であることを示した研究について紹介します。この研究で新たに開発した手法により、利き手は非利き手に比べて繰り返し運動のばらつきが少ないことや、若年層では成長とともに運動ばらつきが減少し、高齢者では、運動ばらつきが増加することが明らかになりました。

高木 敦士(たかぎ あつし)
NTTコミュニケーション科学基礎研究所

思うように動くための脳の情報処理を理解する大切さ

人間は、学習によって複雑な感覚情報を基に器用に思ったとおりに動くことができるようになります。しかし、ロボットと異なり、どんなに上達した動きでも「ばらつき」が生じ、完全に思ったとおりに動かすことはできません。この運動のばらつきは、長年、脳運動研究分野でも注目されてきました。
手や足を自在に動かす脳の情報処理の仕組みを理解するには、成長やトレーニングによって運動のばらつきがどのように変化するかを調べ、そのメカニズムを考えることが必要です。これまでNTTでは、人に寄り添うICTを構築するため、感覚や運動生成にかかわる脳情報処理を理解する研究を行ってきました。ここでは、人の「思ったとおりに動かせる」能力と深く関係する「動きのばらつき」の本質を調べた研究を紹介します。

従来の研究

ボールを投げたり、階段を上る等、人は日常生活中にさまざまな動作を行います。これらの動作では、個々の動きの目的に合わせて、毎回同じように動けることが必要です。目標どおりの動きを達成するための運動学習の仕組みは、従来多くの研究がなされ、脳の情報処理メカニズムも明らかにされてきました。運動学習が進むと、動きのばらつきが減少することも従来の研究で知られていましたが、ばらつきが少ない動きを生み出す仕組みは未解明でした。
ヒトの運動は筋の活動により発生した力によって生成されます。従来の研究で、筋活動を起こすための筋指令は原理的にばらついてしまうことが知られており、また筋指令のばらつき(分散)が筋活動の大きさと相関することから、動きのばらつきの起源は「筋力の揺らぎ」にある、という考えが主流でした(1)。この考えによれば、筋活動が大きくなればなるほど筋力のばらつきも大きくなることになります。見たものに素早く手を伸ばす動作では、動かす方向に働く筋(主働筋)と減速させるために働く筋(拮抗筋)の活動の増減により腕が動くため、主働筋と拮抗筋*が最大活動する瞬間に手先力(図1(a)、りんごに与える力)も大きくばらつくことになります。すなわち従来のモデルに従うと、手を伸ばす動作中の手先力は加減速する2カ所でばらつきが大きくなることが予想されます(図1(b)の左)。それを確かめるため、装置のハンドルを握った手先をターゲットへ到達する肘曲げ動作を50回繰り返し、動作中の力とそのばらつきを計測する実験を行いました。すると、従来モデルの予想に反し、計測した手先力の時間パターンには、ばらつきが高まる個所が3つあることが明らかになりました(図1(c)の右)。したがって、このばらつきは従来のモデルでは説明できず、新たなモデルが必要になります。

* 主働筋と拮抗筋:肘を曲げる運動を例にすると、主働筋は上腕二頭筋で、拮抗筋は上腕三頭筋外側頭です。

動きのばらつきの要因は「脳内タイミングの乱れ」にある

筋活動は大きさ以外に、活動するタイミングも重要であることは従来から知られていましたが、筋活動のタイミングが動きのばらつきにどのような影響を及ぼすかについては十分考察されていませんでした。本研究では、主働筋と拮抗筋の活動のタイミングが乱れたときに、四肢を動かす力がどのようにばらつくかを検討しました。従来の研究では、運動を行う寸前に脳に電気または磁気刺激を与えると、運動中の筋活動の大きさや形は変わらず、活動のタイミングだけが早く、もしくは遅くなることが示されています(2)。すなわち、脳情報処理が揺らげば、通常の運動においても、筋活動の大きさだけではなく、タイミングも乱れる可能性は十分あります。そこで、私たちは筋活動タイミングの乱れが四肢を動かす力のばらつきにどのように影響を与えるかをモデルシミュレーションにより確認しました(3)。興味深いことに、このモデルは、手を伸ばす動作中に手先力のばらつきが3カ所で高まることを予測しました(図1(b)の右)。そこでさらに、運動中の主働筋と拮抗筋の活動を計測し、肘の終点位置のばらつきと筋活動タイミングの乱れの相関を調べました。主働筋と拮抗筋の活動タイミングは試行ごとに大きく異なり、終点位置のばらつきと正の相関がありました。筋活動の大きさも動きごとに変化していましたが、位置のばらつきとの相関はありませんでした。よって、タイミングの乱れが「動きのばらつきを左右する」本質であることが本実験で明らかになりました。

左右の腕の筋には異なるタイミングの乱れがある

肘の筋のタイミングの乱れとその動きのばらつきに相関があることは明らかになりましたが、同じような関係が手首や肩、そして左右の腕でも見られるかを新たな実験で調べました。この実験では装置のハンドルの位置が動かないように制御し、ハンドルに掛ける力の方向に、画面上の矢印が表示されるようにプログラムしました(図2(a))。体験者には、一定の時間間隔で鳴る音を頼りに、指示方向にハンドルを押したり引いたりしてもらいました。手首、肘、肩の筋指令タイミングの乱れを計測するため、それぞれの関節が主動作となるような力の指示方向を設定しました。このような実験で得られた手先力と筋活動を調べてみると、手首、肘、肩それぞれの力のばらつきと主働筋と拮抗筋のタイミングの乱れに正の相関がありました(図2(b))。さらに、右利きの人のみを対象としたこの実験では、左腕の筋に比べ、右腕の筋のタイミングの乱れが少ないことが明らかになりました(4)。この実験結果から推測すると、利き手である右手の精度が高い理由は、タイミングの乱れの少なさにあると考えられます。

利き手と動きのばらつきの関係

利き手と筋指令のタイミングの乱れの関係性をさらに深く調べるため、多人数のデータが必要です。しかし、筋活動の計測は時間と手間がかかるため、大規模実験には向いていません。そこで、多人数からのデータ収集を容易にするため、手足の「動きのばらつき」からタイミングの乱れを推定する簡易な手法を考案しました。思ったとおりに動かせるかどうかを簡単にかつ信頼性よく計測するため、私たちは比較的速い速度で繰り返し円運動をする際の「動きのばらつき」に注目しました。複数の筋を順々に活動させることで円運動が可能になるため、精度の高い筋活動のタイミングが要求されます。また、比較的速い単純な繰り返し運動のため、短時間のデータでもばらつきを評価することができます。そこで私たちは、測定を受ける方がスマートフォンを持って(あるいは足に装着して)15秒ぐるぐる繰り返し回す運動(図3(a))をした際の、加速度軌道のばらつき量を定量化するアルゴリズムを開発しました。周期運動における連続した2周期の3次元加速度軌道の違いを距離尺度で表現し、全周期に対して平均を求めたばらつき度で動きのばらつきを評価することにより、周期運動の全体的なばらつきをうまく表現することができます。また実験では、本手法の評価のため、従来利き手や利き足を判断するエジンバラ利き手調査(5)とコーレン利き足調査(6)にもお答えいただきました。エジンバラ利き手調査には全10項目が存在し、字を書く手やボールを投げる手などの作業で操作する側の手をお答えいただきます。左手(−1)と右手(+1)を選んだ頻度により、エジンバラ指数が変わります。ここでは、エジンバラ指数がゼロ以下の場合は左利きと判断し、ゼロ以上であれば右利きと判別しました。コーレン利き足調査は4項目あり、ボールを蹴る足や階段を上がるときの一歩目になる側の足をお答えいただくことで、利き足を判別しました。
図3左下に、右利きの方の、両手両足の加速度軌道の一例を示します。左右の軌道を比較すると、手足ともに、左よりも右のほうが軌道のばらつきが少ないように見えます。開発したアルゴリズムを使うと、その「ばらつき度」を定量化することができます。利き手とばらつき度の関係を調べるため、右利き、左利き、右手への矯正者(質問紙調査で右利き538人、左利き27人、右手への矯正43人)に分けてばらつき度を評価しました(図3(b))。右利きの人は左手のばらつき度が右手より大きく、左利きの人は右手のばらつき度のほうが大きくなっています。つまり、利き手のばらつき度が少ないことが分かります。また、右手を使うように矯正された人は、左手と右手両方ともばらつき度が少ないことが分かります。すなわち、右手を使うように矯正トレーニングを受けた場合には、平均的には、右手のばらつき度が減少する(すなわち器用さが向上する)だけでなく、左手のばらつき度は増えていない(器用さが低下しない)ということも明らかになりました。また、左手と右手のばらつき度の差でみると、右利き、左利き、右手への矯正者の両手のバランスが明確になります(図3(c))。矯正者のばらつき度の手の左右差は左利きと右利きの間であることが明らかになりました。すなわち、右手を使うように矯正されると、両手のばらつき度が減少し、左右差も少なくなることが分かりました。

右手を使う矯正トレーニングは足のばらつき度に影響する

右手を使うように矯正トレーニングを受けると右手のばらつき度が少なくなることは分かりましたが、足への影響についても調べました。足のばらつき度も、手の左利き、右利き、そして矯正のグループに分けて解析しました(図3(d))。興味深いことに、手が右利きの人は、平均的に、右足のばらつき度が少ない(すなわち足も右利き)のに対し、手が左利きの人は、左足と右足のばらつき度には差がありませんでした。さらに、右手を使うように矯正された人でも、通常は足を使う運動の矯正はされないと思いますが、平均的には、左足より右足のばらつき度が小さい(図3(e))という結果が得られました。矯正という利き手を変えるトレーニングは、左手と右手のばらつき度の差を変化させるばかりでなく、さらに足のばらつき度の左右差にまで影響を及ぼすことが今回の実験で明らかになりました(図3(e))。

動きのばらつきは成長や加齢とともに変化する

大規模調査により、利き手や右手を使う矯正トレーニングによって手や足の動きのばらつき度が変わることが分かってきましたが、それに加え、年齢とともに手足のばらつき度が変化するのかも調べました。4歳から88歳までの総計608名の実験によって得られたデータから定量化した、手足の利き側・非利き側のばらつき度を図4に示します。このグラフから、手足ともに利き側・非利き側で、ばらつき度は成長とともに減少し、その後一定となり、加齢によって増大することが明らかになりました。筋力の増加や低下の影響も考えられますが、筋力は20代まで増加し、そこから減衰すると考えられているため、筋力の変化だけではばらつき度の変化は説明できません。すなわち、成長や加齢に伴うばらつきの変化は、筋の活動タイミングをどれだけうまく制御できるかどうかという脳の情報処理の問題であると考えられます。

今後の展開

本稿では、動きのばらつきが筋活動のタイミングの乱れに左右されることについて、新たに明らかになってきたことを解説しました。そして、手足の動きのばらつき、繰り返し運動を使って評価する技術を開発することで、利き手と筋指令のタイミングの乱れの関係が分かりました。従来、手を「思ったとおりに動かせる」能力は、例えば、一定時間に細い棒を穴に何個入れられるか、あるいは小さなブロックをいくつ運べるか、などの作業率が評価に使われてきました。しかし、それらの手法は特殊な器具を使用するため、手軽な評価が困難でした。そのため、一般の幅広い年齢層を対象に多人数の計測をすることは難しく、成長や加齢の影響、あるいは個人のトレーニングによるばらつき度の変化や左右のバランスの状態を簡単に調べて、多くの人と比較することは困難でした。また、足のばらつき度については、片足のバランス計測をする手法などが用いられていましたが、その手法は全身の感覚情報処理の機能も含む評価になってしまうため、足自体を動かす器用さの計測としては十分ではありませんでした。
本研究では、短時間の繰り返し運動のばらつきを定量的に評価することにより、ばらつき度を見える化する方法を検証しました。これにより、利き手のばらつき度は筋活動のタイミングの乱れの少なさにあることが分かりました。さらに、右手を使うように矯正トレーニングを受けると、右手だけでなく右足のばらつき度が左側より少なくなることを示しました。さらに、ばらつき度はトレーニングだけでなく、年齢とともに変化することが分かりました。成長とともにばらつき度が減少することから、動きのばらつきを少なくする運動学習が成長の中で進んでいると考えられます。一方で、加齢により増大する手足のばらつき度は、転倒のリスクと関連する可能性も考えられます。
成長や加齢が腕や足の動きのばらつき度に影響することが分かりましたが、ばらつき度を左右する筋活動のタイミングの乱れがどのようなメカニズムで変化するのかは未解明です。タイミングの乱れを生み出す脳部位を特定できれば、成長や加齢によりタイミングの乱れが変わる理由が明らかになります。成長だけでなく、右手を使うトレーニングによってばらつき度が減少するメカニズムやトレーニング方法が解明できれば、スポーツトレーニングやリハビリに応用できることが期待されます。このようなトレーニング法の検証には、ばらつき度を安易に評価できる技術が必要です。スマートフォンを回すだけで動きのばらつき度を容易に可視化する技術は、これからスポーツジム、部活動、リハビリ施設などのシーンに導入して、個人のトレーニングや回復度の定量化に役立つことが期待されます。今後さらに実験参加者を増やし、より信頼性が高い知見を得ていくとともに、動きのばらつき度を決定する運動機能と脳情報処理の関係を明らかにすることをめざしています。

■参考文献
(1) C. M. Harris and D.M. Wolpert:“Signal-dependent noise determines motor planning,”Nature, Vol. 394, No. 6695, pp. 780-784, 1998.
(2) B. L. Day, J. C. Rothwell, P. D. Thompson, A. M. De Noordhout, K. Nakashima, K. Shannon, and C. D. Marsden:“Delay in the execution of voluntary movement by electrical or magnetic brain stimulation in intact man: Evidence for the storage of motor programs in the brain,”Brain, Vol. 112, No. 3, pp. 649-663, 1989.
(3) A. Takagi, S. Ito, and H. Gomi: “Command timing variability, rather than signal-dependent noise, determines motor coordination,”Proc. of MLMC 2022, 2022.
(4) A. Takagi, S. Ito, and H. Gomi:“Non-dominant hand has larger timing errors in muscle activity,”Proc. of Neuroscience 2022, 2022.
(5) R. C. Oldfield:“The assessment and analysis of handedness: the Edinburgh inventory,”Neuropsychologia, Vol. 9, No. 1, pp. 97-113, 1971.
(6) S. Coren:“The lateral preference inventory for measurement of handedness, footedness, eyedness, and earedness: Norms for young adults,” Bulletin of the Psychonomic Society, Vol. 31, No. 1, pp. 1-3, 1993.

高木 敦士

「なぜ非利き手では歯を磨くことはできないのか」。この素朴な疑問から始まった研究を追求し、脳の運動制御や情報処理の解明へとつなげたいと思います。

問い合わせ先

NTTコミュニケーション科学基礎研究所
企画部 情報戦略担当
TEL 0774-93-5020
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