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特集1

地域の新たな価値創造に向けたNTT東日本の先端技術開発について

オープンイノベーションの取り組みについて

NTT東日本は世の中の最先端技術を事業に取り入れていくために、ディープテック企業や大学・研究機関と連携するオープンイノベーションに取り組んでいます。具体的には、サイバー空間の安全性向上、次世代エネルギーの活用、衛星技術の応用、地域課題解決のためのICTなどの領域において調査・評価・実証実験を進めることで、事業競争力強化を図っています。本稿では、これらの取り組みについて紹介します。

毛利 仁士(もうり ひとし)/安永 崇(やすなが たかし)
NTT東日本 先端テクノロジー部

NTT東日本におけるオープンイノベーションとは

近年、革新的な技術を有するディープテック企業が、社会に大きなインパクトを与える事例が注目されています。例えばGPU(Graphics Processing Unit)性能の進化に伴うAI技術の飛躍的な発展は、さまざまなビジネス領域に強い影響を及ぼし、経済成長を牽引するだけでなく、社会のあり方すら変えようとしています。そして、これらのディープテック企業の躍進を支えているのは、専門的な知見を有する大学や研究機関です。
NTT東日本は、これらのディープテック企業に加え、先端技術に強みを持つスタートアップ企業(ディープテック・スタートアップ企業)や大学・研究機関と手を携え、革新的なテクノロジを社内に取り込みながら、社内の研究開発力を強化していくことで、地域社会の変革をめざしていきます。
この目的を達成するため、NTT東日本はさまざまなパートナーと共創するオープンイノベーションに取り組んでいます。具体的には、これらの企業が先進的な科学技術や学術研究機関などが持つ専門性の高い科学的知見などを取り込み、NTT東日本が有するネットワーク基盤や地域社会との関係性などのアセットと組み合わせる、いわゆるインバウンド型のオープンイノベーションを推進しています(図1)。
ITが目覚ましく進歩し市場の動向も急激に変化する現在においては、社内の技術だけにこだわることなく、世の中の技術を幅広く調査し積極的に取り込んでいくことが重要です。今後、NTT東日本グループが得意とする通信領域のみならず、非通信領域における事業を強化していくためには、最先端技術を素早く取り込み新たなサービスを創出するとともに、サービスを差別化するための鍵となる技術を社内に蓄積していかなければなりません。
この難題を解決し、最先端技術を社会実装することで地域のイノベーションを創出するために、先端テクノロジー部では2023年10月にオープンイノベーションセンタを設置しました。オープンイノベーションセンタでは、これまでの通信領域以外にも活動領域を拡大し、外部の技術やノウハウを積極的に取り入れることで、次の社会を担う新たなサービスやインフラを迅速かつ効果的に創出することをめざしています。

新たに開拓する技術領域とその取り組みの実例

オープンイノベーションセンタでは、先端技術の調査・評価・実証実験を進めるために、ディープテック・スタートアップ企業および大学・研究機関との連携を推進しています。以降では、それぞれの具体的な取り組みについて紹介します。

■ディープテック・スタートアップ企業との連携

オープンイノベーションセンタでは、技術や社会の進化を踏まえた将来のビジョンを描き、世界のディープテック・スタートアップ企業から先端技術を取り込むうえで、特に重点的に取り組むべき技術領域を定義しました。具体的には、サイバー空間での人々の生活を支える技術、次世代のキャリア・プラットフォーマとして求められる技術、地域のリアルな課題を解決する技術という3つの領域です。
以降では、その3つの重点技術領域について、NTT研究所・NTT Research・NTTアドバンステクノロジ・NTTテクノクロスなどのグループ会社や、各分野で技術を有するスタートアップ企業と協業して進めている取り組みを紹介します。
(1) サイバー空間上での人々の生活を支える技術
現在進展中のデジタルトランスフォーメーション(DX)により、今後はさまざまなモノやコトがデジタル化され、サイバー空間においてあらゆることが体験できる社会がやってくるといわれています。居住地にかかわらず、サイバー空間においてさまざまな体験ができるようになると、都会と地方の境界は曖昧になり、都会にいながらにして地域へ貢献することや、複数の地域社会に所属することが可能となります。つまり、地域に貢献するデジタル関係人口を増加させることが可能になるのです。
オープンイノベーションセンタでは、地域のお客さまが安心・安全に利用できる心理的障壁の低いサイバー空間を実現するべく、以下のような技術の調査・評価・実証実験に取り組んでいます。
① サイバー空間そのものをかたちづくる技術
メタバースなどのXR(eXtended Reality)空間を実現するためには、デジタル・サイバー空間内で使われる2D映像・3Dモデル(2D映像の3D化)が必要となります。現在の技術ではこれらの制作には高度な知識や高価な設備が必要となり、多大な労力を要します。そのため、より簡易に誰でも生成できる技術の開発・評価を進めています。
また、サイバー空間におけるお客さま体験を向上させるため、VPS(Visual Positioning System)の精度向上や、顔が見えないことを利用した社員健康管理への適用性評価などを実施しています(図2)。
サイバー空間で人々が生活するようになると、多人数が同時かつ双方向にコミュニケーションを取ることができるようになります。そのため、映像だけでなく、アバターデータや位置情報など、種々で大容量のデータを低遅延に配信する技術が必要になります。オープンイノベーションセンタでは、NTT東日本が保有する高品質な光ネットワークの特性を利用し、大容量・低遅延の映像配信プラットフォーム「VBOLT」の開発に取り組んでいます。このプラットフォームに次世代の映像配信・通信プロトコルを適用することで、メタバースなどの位置情報を流通可能とし、ネットワーク分野における新たなユースケースの開拓をめざしています。
② 安心・安全にサイバー空間を利用するための技術
安心・安全にサイバー空間を利用するためには、個人のプライバシーを保護することや、不正や改ざんを防止することが重要です。
オープンイノベーションセンタでは、プライバシー保護技術として、ABE(Attribute Based Encryption:属性ベース暗号)による柔軟なポリシー・鍵発行技術の活用に取り組んでいます。具体的には、特に慎重な取り扱いが求められる要配慮個人情報について、特定の権限を持つ人だけが閲覧できるようにしながら情報の秘匿度合いによりポリシーを設定することで、閲覧者の権限や属性に応じた柔軟なアクセス制御とデータ保護を兼ね備えた暗号技術の実用化をめざしています(図3)。
またAI技術が飛躍的に進歩し、「AIの民主化」と呼ばれるようにAIを利用する敷居が下がっている中、フェイクニュースなどAIを悪用するリスクも急速に高まっています。オープンイノベーションセンタでは、サイバー空間に急速に広がるディープフェイクへの対策にも取り組んでおり、フェイクコンテンツであるか否かを見破ることのできる「フェイク検知技術」の評価と開発を進めています。この技術を活用することで、お客さまがAIを安全に利用し、安心してサイバー空間を利用できる未来をめざしています。
(2) 地球環境に配慮した次世代のキャリア・プラットフォーマとして求められる技術
ネットワークを流れるトラフィックは年々増加しており、ICTやAIの利活用が進むにつれて、この傾向は今後ますます強まるといわれています。
NTTグループは、日本における電力使用量の1%を占める大規模な電力需要家となっており、持続可能な社会インフラ基盤を提供するためには、今まで以上に地球環境に配慮した技術開発が必要となります。
NTT東日本グループでは、次世代のエネルギー資源である水素エネルギーに着目し、水素燃料電池を社内設備、商業ビル、災害対策などに適用するための技術調査や評価を進めています。
また、昨今では宇宙関連技術の民主化が進んできています。これまでも衛星を使った通信やセンシングなどはありましたが、それらを大量に打ち上げることで観測頻度・範囲を改善する「衛星コンステレーション*」が盛んになっています。これにより、光ではリーチが難しい山間部や海上などにおいても通信環境が行きわたり、地表および海面の状況を観測衛星により定期的にモニタリングすることが可能になります。さらには、地表の植生分布の把握や、海水温の変化による良好な漁場の推定が可能になります。オープンイノベーションセンタでは、このような一次産業のDX化を推進することをめざして、通信・観測を問わず衛星を活用した技術のユースケース探索と評価を行っています。
(3) 地域のお客さまのリアルな課題に対してICTにより解決するための技術
現在、日本における光ファイバの世帯整備率は99%を超え、多くの地域で光回線を利用した通信環境が提供されています。また、スマートフォンなどのモバイルデバイスは世帯普及率が90%を超えており、デバイスが送受信する電波〔5G(第5世代移動通信システム)やWi-Fiなど〕は広範囲に行き渡っています。NTT東日本グループでは、これらの光ファイバおよび無線を使ったセンシング技術を用いて、さまざまなユースケースへの適用を進め、技術評価や実証実験を推進しています。
① 光ファイバを使ったセンシング技術
光ファイバを使ったセンシング技術は、送出した試験光によって発生する散乱光の特性から光ファイバに加わる振動や歪みを検知できます。NTT東日本グループでは、センシング技術により検知した振動情報から正確な位置情報を効率的に得られることを応用し、地下光通信設備における保守運用の効率化に用いています。
また、このセンシング技術を用いることで、トンネル掘削工事などにおける周辺への振動影響の把握や橋梁の健全性調査などの社会インフラの構築・保全において、既設の光ファイバを活用した面的かつ遠隔のモニタリングを実現し、極力人手をかけない運用が可能となります。先端テクノロジー部では現在、建設業界や自治体などの皆様と連携し、光ファイバを使ったセンシング技術の早期社会実装に向けた取り組みを進めています。
② 無線を使ったセンシング技術
無線を使ったセンシング技術では、スマートフォンなどの無線端末と、その通信相手となるアクセスポイント、あるいは基地局間の電波変動を読み取ることで、無線端末を保有していない人や動物・物体の検出が可能になります。例えば、屋内ではプライバシーへの配慮からカメラでは難しい見守りや介護などが可能になり、屋外では夜間や遮蔽物のある環境においても侵入検知や鳥獣害対策などが可能になると見込んでいます。

* 衛星コンステレーション:多数の人工衛星をある軌道に打ち上げ、一体的に機能させる技術。

■大学・研究機関との連携

NTT東日本では、最先端の研究活動に取り組んでいる大学・研究機関と協業して、将来に向けた先進的なユースケースを創出する活動に取り組んでいます。その中で、東京大学との連携協定を締結し、生命科学・医学研究における情報通信インフラ整備として「リモートバイオDXプロジェクト」を立ち上げました(1)(図4)。
先端テクノロジー部では本プロジェクトを通じて、従来の各大学・企業内に閉じた研究環境から脱却し、日本全国どこからでも最先端の研究機材やデータを活用でき、研究者どうしが活発に連携し合える研究環境の実現をめざしています。具体的には、以下の3つについて取り組んでいます。
(1) 顕微鏡の遠隔操作
現在、研究者が電子顕微鏡のような高額かつ設置条件の厳しい顕微鏡を利用するためには、現地に直接足を運ぶ必要があります。
本プロジェクトでは、NTT東日本の超高速・超低遅延ネットワークであるIOWN(Innovative Optical and Wireless Network) APN(All-Photonics Network)(2)を活用することで、離れた実験室においても現地さながらにタイムラグのない操作環境の実現に取り組んでいます。
(2) 超大規模データの高速転送
バイオ研究で扱うゲノムデータなどはペタバイト級の大容量データになりますが、現在はハードディスクを物理的に郵送・保管するなどの物理的な手法に頼っている状況です。
本プロジェクトでは、IOWN APN上において近距離向け高速通信であるRDMA(Remote Direct Memory Access)を活用することで、遠隔地においてオンライン上で大容量のゲノムデータなどをやり取りできる研究環境の実現に取り組んでいます。
(3) 実験データのセキュアな管理
研究者の実験結果を正しく記録しその改ざんを防ぐための手段として、現在は修正不可能なボールペンで紙のノートに記載するなど、アナログな運用が実施されています。
本プロジェクトでは、ブロックチェーンの特徴である耐改ざん性を活用することで、流通しているデータの正当性を保証し、研究者が安心してデジタルに研究できる仕組みの実現に取り組んでいます。

先端技術の調査に向けたVC連携と技術発信の取り組み

■先端技術の調査状況とVC連携

オープンイノベーションを推進するためには、パートナーとなるディープテック・スタートアップ企業や、その企業が持つ先端技術について日々情報収集することが不可欠です。
オープンイノベーションセンタは発足以降、前述した重点技術領域の開拓に向けた取り組みと並行して、各地の展示会・スタートアップピッチ・技術セミナーなどに参加し、その調査を続けています。これにより、200社以上の企業・技術情報を調査・データベース化し、実用展開へ向けて速やかに対応できるようにしています。
収集した情報はデータベース化するだけでなく、社内外での活用を見据えたレポート作成も行っています。各技術分野における業界動向・市場動向・今後のトレンドなどをまとめたテックマガジンの制作に加え、社内向けの勉強会、地域ミライ共創フォーラム、グループ内外の展示会での発信を通じて、新たなパートナーやお客さまとの共創を図っています。
限られた体制で効率的に情報収集するためには、調査1件当りの質を高めることが重要です。オープンイノベーションセンタでは、これまでネットワーク分野での開発においてパートナーとなっているベンダ系VC(Venture Capital)やグループ会社(NTTファイナンス、NTTドコモ・ベンチャーズなど)などとの連携を通じて、前述した重点技術領域に関連の深いディープテック・スタートアップ企業に関する情報を効率的に収集しています。
また、VCから情報提供を受けるだけでなく、その検討結果をフィードバックすることで、VCの投資判断に資する情報提供を行い、双方にメリットのある関係性を構築しています。これにより、相乗効果を図り、より質の高い情報収集と技術評価を実現しています。

■技術発信の取り組み

オープンイノベーションセンタでは、技術情報の発信を通じて、社内外のステークホルダに対して技術開発の成果や最新の技術動向を共有しています。具体的には、以下のような取り組みを行っています。
(1) 社内外の展示会への出展
定期的に社内外の展示会へ出展し、最新の技術開発の成果や製品を紹介しています。これにより、技術者や研究者だけでなく、ビジネスパートナーやお客さまとの情報共有を促進し、技術開発のスピードを加速させています。展示会では、技術的な詳細だけでなく、チームの取り組みなども紹介し、来場者に活動内容について興味を持ってもらうことをめざしています。
(2) スタートアップ企業との交流イベントへの参画
スタートアップ企業との交流イベントに参画し、最新の技術情報や研究成果を共有しています。これにより、社内外の技術者や研究者との交流を深め、新たな技術開発のアイデアを生み出しています。
オープンイノベーションセンタは、こうした先端技術の調査や発信を通じて、技術開発の方向性を定めるとともに、社内外のステークホルダとの情報共有を促進しています。これにより、技術力を今まで以上に高め、NTT東日本グループの持続可能な成長を実現しています。さらに、これらの活動を通じて、技術による地域の課題解決の最前線に立ち続けることをめざしています。

今後の展開

NTT東日本グループでは、先端テクノロジー部に設置したオープンイノベーションセンタにおいて、ディープテック企業や大学・研究機関、VCなどと連携し、世界の最先端技術をいち早く事業に取り入れるための技術調査・評価・実証実験に取り組んでいます。今後はさらに多くの企業や大学との連携を進めるとともに、より最先端のテクノロジーを効率的に取り込むための海外技術調査の活性化にも取り組んでいきます。

■参考文献
(1) https://www.ntt-east.co.jp/release/detail/20231221_01.html
(2) https://www.rd.ntt/iown/index.html

(左から)毛利 仁士/安永 崇

さまざまなパートナーと共創するオープンイノベーション活動を通じて、通信領域のみならず、非通信領域においても最新技術を取り込み、次の社会を担う新たなサービスやインフラの創出に取り組んでいきます。

問い合わせ先

NTT東日本
先端テクノロジー部 オープンイノベーションセンタ
E-mail oic-toiawase-syagai-gm@east.ntt.co.jp

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