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特集1

地域の新たな価値創造に向けたNTT東日本の先端技術開発について

先端AI技術の取り組みについて

NTT東日本グループでは、先端技術を取り入れることで業務プロセスのモダナイズを進めています。通信インフラの構築・点検業務では、すでにAIを実際の業務プロセスに組み込んで運用しており、そのノウハウを活かして、地域のお客さまの課題解決に向けたAI技術の適用に取り組んでいます。近年では生成AI技術を取り入れることで、コールセンタにおけるオペレータ応答支援のような抽象度の高い業務への適用をめざしています。本稿では、NTT東日本グループおよびお客さまの業務に関するAI適用の事例、現在取り組んでいる生成AIに関する研究開発の内容を紹介します。

中山 和子(なかやま かずこ)/橋本 拓(はしもと ひろむ)
川﨑 敏行(かわさき としゆき)/髙野 奨太(たかの しょうた)
宮崎 正巳(みやざき まさみ)/隅谷 亮太(すみや りょうた)
NTT東日本 先端テクノロジー部

先端技術を活用した業務プロセスモダナイズの取り組み

近年AI・IoT(Internet of Things)・クラウドなどの分野では目覚ましい技術革新が進んでおり、これらの技術はビジネス環境に大きな変革をもたらしています。NTT東日本グループでは、これらの技術を積極的に取り入れ、会社全体の業務プロセスのモダナイズに取り組んでいます。
特にAI分野においては、生成AIの登場に伴い、その導入と活用の検討を加速しています。この流れを象徴するように社内では「DX×AI推進ワーキング」が立ち上がり、全社的にAIを最大限活用し、業務の効率化とお客さま体験の向上をめざす方針が掲げられました。
先端テクノロジー部としても、業務プロセスのモダナイズに資する最先端AI技術の探索と技術習得に一層力を入れていく方針です。AI技術の進化の方向性を見極め、評価した技術を習得し、地域限定でのPoC(Proof of Concept:概念実証)などを通じた技術確立に取り組んでいます。

NTT東日本グループにおけるAI活用事例

NTT東日本グループでは、自社の業務にAIを組み込んで運用しています。最初に取り組んだのは、通信インフラの構築・点検・保全業務へのAI技術の適用です。NTT東日本は膨大な通信インフラを保有していますが、これらの業務は人手に頼ってきました。そこで、非常に大きなボリュームを占めるこれらの業務の省力化をめざし、8年前からAI技術開発・導入に注力しています。以降では、具体的な取り組み事例を紹介します。

■不良個所検出AIの導入

電柱など架空構造物の点検について、従来は社員が現地で実施していましたが、MMS(Mobile Mapping System)を導入し高精度カメラを搭載した車両で構造物を自動撮影することで、画像診断の集約化を実現しています(図1)。画像診断については、人の目で一次診断し、詳細点検が必要と判断した場合のみ現地点検を行っていましたが、当時の最新のディープラーニング技術を用いて開発した、画像から不良個所を検出するAIにより、画像診断にかかる時間を削減し、年間約180万設備に対する点検業務を大幅に効率化しました。

■危険行動検知AI(AI見守り)の導入

点検業務におけるAI技術導入の成功を受けて、構築・保全業務にもAI技術の適用領域を拡大しました。具体的には、東日本全域の約5000工事班にネットワークカメラを配備し、遠隔から作業従事者を見守り、作業範囲からのバケットのはみ出しや高所における危険行動を検知するAI(AI見守り)を導入しました(図2)。これにより、リアルタイムでの安全指導や注意喚起が日常的に行われています。

■各AIの導入にあたって

NTT東日本グループの先進的なAI施策は、先端テクノロジー部に集約して取り組んできました。これにより、社内におけるAI技術の蓄積や人材育成を効率的に実施できることに加えて、高品質な学習データを集約することで、他施策への応用もスムーズに進めることができています。また、AIを最大限に活用するため、実務者と連携した業務プロセスの見直しや使い勝手など技術面での調整を行いながら、AI技術の事業導入に取り組んでいます。
先端テクノロジー部では、上記に加えて、AI技術の導入障壁の解消にも取り組んできました。具体的には、危険行動検知AI(AI見守り)の導入時には、高額なAI推論コストが障壁となりました。そこで、当時の最新のAI推論高速化技術であったTensorRT*1を用いてモデルの量子化に取り組み、AI処理速度を従来の約10倍に高めることでAI推論コストを約10分の1に低減させ、事業導入を後押ししました。このような運用コストの低減に向けた取り組みも、AIの事業導入における重要なポイントです。
今後も先端技術を活用し、作業者の行動をAIで可視化・分析したうえで総合的にアシストする行動検知の領域にチャレンジし、新たな業務への適用を模索していきます。

*1 TensorRT:NVIDIA社がNVIDIA製GPU製品向けに提供している、ディープラーニング推論を高速に実行するためのソフトウェア開発キット。

生成AIの取り組み

これまでNTT東日本グループでは、主に画像系のAIを用いて、ある程度定型化された業務のモダナイズに取り組んできました。近年では生成AIの登場によって、より抽象度の高い業務に生成AIの適用が可能となり、多くの業種で適用に向けた取り組みが進められています。しかしながら、生成AIを実業務に本格導入しているケースは多くありません。生成AIのハルシネーション*2など、単純に生成AIを導入するだけでは解決できない課題があるためです。また、生成AIの効果を最大限に得るためには、実業務での短いトライアルを繰り返し継続的にフィードバックすることで精度を上げていく体制の構築や、生成AIの導入に合わせて業務そのものを変更するなど、実務側の理解と協力が不可欠です。
先端テクノロジー部では、こうした課題を考慮しつつ、生成AIを活用した業務モダナイズにおける最初のユースケースとして、コールセンタ業務の改革に取り組んでいます(図3)。以降では、その具体的な内容に加えて、生成AIの水平展開に向けた取り組みと最先端の生成AI技術の習得に向けた取り組みについて紹介します。

*2 ハルシネーション:AIが間違った答えを回答する現象。

■コールセンタ業務での生成AI導入

コールセンタでは、さまざまな問合せに応じて迅速かつ柔軟な回答が求められます。一方、サービスの多様化に伴い、膨大なマニュアルの確認や新人オペレータの育成に稼働がかかるといった課題が顕在化しています。先端テクノロジー部では、こうした課題に対して生成AIを導入することで、ナレッジの確認にかかる稼働を削減し、問合せに対する回答案を自動作成することをめざしています。
当初の取り組みでは、生成AIの回答精度は40%程度にとどまり、このままでは精度が不十分で実業務への導入は難しい状況でした。そこで、生成AIの誤回答に関する分析、生成AIに合わせたドキュメント整形やデータソースの充実、チャンク分割などの技術的な改善を実務者と連携して取り組んできました。さらに、複数データソースの参照・評価を可能とするためのオーケストレータ機能を実装することで、徐々に生成AIの回答精度が向上し、実運用に必要な80%の精度を達成しました。
現在では、実業務での運用課題の解決に向けて技術検討を行っています。具体的には、生成AIに対するオペレータの質問スキルに依存しないクエリ変換技術や、軽量モデルと高精度モデルを用途に応じて使い分けることによる応答時間短縮、軽量モデルの活用によるコスト低減などに取り組んでいます。

■生成AIの水平展開とプラットフォーム提供

精度が向上した生成AIのアプリケーションについて、他のコールセンタへの水平展開をめざしています。水平展開にあたっては、各業務に合わせてモデルやデータをチューニングする必要がありますが、各コールセンタに対しスキルの高い技術者が1件ずつゼロから新規に開発するには限界があります。そこで先端テクノロジー部では、生成AIアプリケーションの開発・運用を効率化するための機能についてプラットフォームとして提供することを検討しており、生成AIで最先端をいく海外ベンチャー企業の製品評価などを通じてノウハウ獲得に取り組んでいます。
獲得されたノウハウの例として、複数モデルの使い分け技術があります。これまでは特定の生成AIモデルを利用してきましたが、モデル開発の競争が激化していることを踏まえると、これからは各業務に適したモデルを使い分けていく必要があり、複数モデルを簡単に切り替えてモデルの精度を評価できるようにすることが重要となります。今後はこのノウハウを生成AIプラットフォームに活用し、複数モデルを効率的に評価するための自動評価機能や実務側のフィードバックを管理・分析・収集するUI(User Interface)などを実装していきます。
そのほかにも、生成AIプラットフォームに求められる機能は多岐にわたるため、複数のソリューションを評価しながら、必要となる機能の洗い出しや実現方法の検討を進めています。

■最先端技術の習得と業務適用への模索

生成AIが今以上に普及している未来を見据え、最先端技術の習得にも取り組んでいます。
例えば、継続事前学習(フルパラメータチューニング)の技術習得です。生成AIの知識は学習に利用したデータに依存するため、市中の生成AIでは業界特有の表現や用語を理解できず、生成AIの精度が上がらない課題に直面すると予測しています。そのため、今から生成AIに業界用語を理解させる技術を習得することが、将来における業務モダナイズの成功の鍵となります。
また、生成AIは、テキストだけでなく画像にも対応したマルチモーダル化がトレンドになっています。汎用的なマルチモーダルAIは、特化型の画像系AIなどと組み合わせることでこそ真価を発揮すると見込んでいます。先端テクノロジー部では現在、こうした予測に基づき、マルチモーダルAIを使いこなす技術習得に取り組んでいます。
(1) 継続事前学習(フルパラメータチューニング)
生成AIの業務適用においては、学習コーパス*3に含まれていない専門用語をAIが理解できないという問題があります。例えば、NTT東日本の社内用語である「SO=サービスオーダ」や「BO=バックオーダ」などを生成AIは理解できません。この問題に対処する手法としては、RAG(Retrieval-Augmented Generation:検索拡張生成)のデータとして専門用語を加える方法や、基盤モデルの一部の重みを更新するファインチューニングなどがありますが、必ずしも精度向上に結びつくとは限りません。
先端テクノロジー部では、こうした課題に対して、生成AIが専門用語に対する根本的な知識を獲得するため、継続事前学習にチャレンジしています。市中のモデルに対して新たな知識を付与することが可能か検証し、その精度向上のノウハウ(例:学習データセットの文章品質や量などをどのように調整すればよいか)を蓄積していくことで、業務内容に合わせた最適な調整手法の選択に取り組んでいきます。
(2) マルチモーダル対応
テキストにしか対応できない生成AIでは、図表を多く含むような社内データを参照する場合、生成した回答の正確性に課題があります。そこで、マルチモーダルAIを適用することにより図表を解釈し、生成AIと組み合わせて正確性の高い回答を生成することが可能になります。現時点における市中のマルチモーダルAIを評価したところ、人間やヘルメットなどの一般的な物体についてはある程度正確に回答できる一方で、フローチャートのような図表の解釈や図中の文字の解釈などは難しいことが明らかになりました。将来的には、テキストと画像のハイブリッド検索や画像認識AIと併用していくことで実用性が向上し、市中のマルチモーダルAIモデルのアップデートと合わせて、実業務への適用が可能になると見込んでいます。
先端テクノロジー部では、マルチモーダルAIが業務モダナイズに適用できる機会を逃さないために、継続的に最先端技術のキャッチアップへ取り組んでいきます。

*3 コーパス:自然言語の文章や使い方を大規模に収集し、コンピュータで検索できるよう整理されたデータベース。

今後の展開

前述の画像AIや生成AIを活用した業務プロセスのモダナイズは、技術開発を行う先端テクノロジー部だけで実現できるものではなく、実業務を行う現場のエンジニアと連携し、AIを実課題に適合させるための検討を繰り返し行うことで実現しています。その結果として、現場のエンジニアのAIに対する理解やスキルが向上しており、社内で培ったAI技術のノウハウを活用し、地域のお客さまの課題解決に貢献できるようになってきています。以降では、その最近の取り組み事例について紹介します。

■鳴き声AI解析によるクリハラリスの生息状況調査の省力化(神奈川県)

神奈川県では、農作物やケーブルなどをかじって被害をもたらす特定外来生物「クリハラリス」の増殖が問題となっています。神奈川県はこの問題に対して、行政の担当者が生息状況を調査し、罠を設置して捕獲・駆除する対策を講じていますが、現地調査の負担が大きいことが課題となっていました。こうした背景から、先端テクノロジー部は神奈川県より、AI技術の活用により調査担当者の負担軽減ができないか相談を受けました。
最初はカメラを用いたアプローチを試みましたが、カメラの検知エリアが狭く、障害物による発見の難しさが課題となりました。そこで、広範囲を検知でき、障害物に対しても回り込んで検知できる「音声」に着目し、音声AIの開発経験を持つメンバでチームを組み、クリハラリスの鳴き声検知AIの開発に着手しました。この取り組みの中で、精度を高めるために神奈川県と連携してクリハラリスの鳴き声や特性の高品質なデータを収集し、その情報を先端テクノロジー部で分析・活用して、AIに学習させるという協力体制を築きました。こうした協力体制の下、検知が不十分な音声データがあれば追加で収集し、AIを改善するサイクルを高速に回すことで、結果として約1年で高精度な検知AIの開発を実現しました。
さらに、クリハラリスと鳴き声が酷似している鳥の識別にも成功しており、神奈川県からは他の鳥獣害対策への適用も検討したいとの声をいただいています(図4)。先端テクノロジー部では今後も、鳴き声AI解析の実用化に向けた検討を進めていきます。

■太陽光発電所における銅線盗難対策

近年、太陽光発電所における銅線盗難被害が社会問題となっています。先端テクノロジー部では、「被害対策として市中のAI導入を検討したものの、誤検知が多く監視部隊のチェックが追い付かない」というお客さまからの相談を受け、「銅線盗難検知AI」の開発に着手しました。
誤検知が多く発生した市中のAIについて分析を行った結果、主な誤検知の要因は天候や動植物によるものと判明しました。そこで、背景の再学習などの工夫を重ねることにより、屋外においても誤検知が非常に少ないAIモデルの開発に成功しました。
このAIの開発には、社内における「危険行動検知AI(AI見守り)」の開発を通じて獲得した、屋外で光源が安定しない場合における学習方法のノウハウや、リアルタイムに常時推論を行う際の技術的な工夫などが活かされています。また、太陽光発電所の特性や誤検知に対する要件などに合わせて調整することで一定以上の検知精度を保っており、市中のAIカメラと比較して非常に高精度な銅線盗難検知を実現しています(図5)。

■今後の展望

先端テクノロジー部では、生成AIをはじめとする最先端のAI技術の活用により、NTT東日本グループの業務をモダナイズすることで、お客さまサービスの品質向上をめざしています。また、そこで培った成果を地域のお客さまにも提供し、社会課題の解決に貢献していきます。お客さまの課題解決においては、プロセスを俯瞰的にとらえ、実業務を行う現場のエンジニアやお客さまと協力し、業務プロセスの変更なども提案しながら、実課題に適合したAIの提供に取り組んでいきます。今後もAI技術の可能性を最大限に引き出し、最先端の技術を追求し続けていくため、こうした取り組みをますます加速させていきます。

(上段左から)中山 和子/橋本 拓/川﨑 敏行
(下段左から)髙野 奨太/宮崎 正巳/隅谷 亮太

先端AI技術を用いて社内の業務をモダナイズし、お客さまサービスの品質向上をめざしていきます。また、そこで培った成果を地域のお客さまに提供し、社会課題の解決に貢献していきます。

問い合わせ先

NTT東日本
先端テクノロジー部
TEL 03-5359-5222
E-mail kaiki-rdc-gm@east.ntt.co.jp

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