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2025年12月号

from NTTファシリティーズ

レジリエンス時代の耐震性能評価技術――実験と解析で支える社会基盤

地震などの災害時に社会や事業の継続を支える「レジリエンス」の重要性を軸に、NTTファシリティーズは耐震性能評価に関する実験・解析・観測のコア技術を統合し、検証精度と信頼性の高い耐震性能評価技術を通じて安全性と事業継続性の両立を実現しています。今後は耐震性能評価技術を組み込んだデジタルツインにAI(人工知能)予測を取り入れることで、災害後の復旧計画策定などの運用面にも拡大して取り組みます。本稿では、これらの技術を活用した課題解決の事例と今後の展望について紹介します。

レジリエンスとは

現代社会において、私たちの暮らしやビジネスは、さまざまなリスクに直面しています。特に、地震のような自然災害は、予測が難しく、発生すれば社会のあらゆる機能に大きな影響を及ぼします。こうした状況下で社会に求められることは、「壊れない」ことだけではありません。災害が起きても、できるだけ早期に元の状態に戻り、社会や事業の活動を継続できる力――それが「レジリエンス」です。
レジリエンスとは、単なる耐震性や安全性の確保にとどまらず、被災後の早期復旧や機能維持、そして人々の安心・安全な生活や事業の継続を支える総合的な力を意味します。公共施設やデータセンタなど、社会の基盤となる建物や設備は、災害時にもその役割を果たし続けることが強く求められます。例えば、自治体の文化施設は地域コミュニティの拠点であり、データセンタは行政・産業・生活のデジタル基盤を支える役割を担う“社会の心臓部”です。これらが長期間停止すれば、経済・社会活動に甚大な影響が及ぶため、事業継続性(BCP)の観点からも、レジリエンスの確保が不可欠です(図1)。
従来の耐震設計は、主に建物の構造体(骨組み)の安全性に焦点が当てられてきました。しかしながら、実際に地震が発生した場合、構造体よりも非構造部材(天井・内装・設備機器・配管・ケーブルラック・支持架台など)のほうが先に損傷します。非構造部材の損傷は、人的被害や機能停止、避難の妨げ、復旧の長期化など、事業継続に直結するリスクとなります。それにもかかわらず、非構造部材の性能検証は、設計図面上の仕様確認や一般的な指針の準拠にとどまることが多く、十分な対策が講じられていない場合も少なくありません。
当社は、こうした社会的な課題に対して、事業継続性の観点を最優先に据え、現場で本当に必要とされる対策や検証に取り組んでいます。これまで主に構造体の安全性を中心に技術を磨いてきましたが、近年は、非構造部材にも積極的に目を向け、これまで培ってきた実験や解析などの耐震性能評価技術を用いて積極的な提案に努めています。
私たちは、社会や事業の継続を守るために、現場の声や実際の被害事例を重視し、柔軟な発想と実証的なアプローチで、従来の枠にとらわれない取り組みを進めています。この姿勢こそが、当社がめざすレジリエンスへの貢献の本質であり、社会の安心・安全を支えるための責任だと考えています。

当社のコア技術

レジリエンスを確保するためには、災害時に建物や設備がどのように挙動し、どこにリスクが潜んでいるのかを正しく把握することが不可欠です。また、単なる設計図面上での確認や一般的な指針への準拠だけでは、事業継続性を担保するには不十分な場合もあります。当社はこれらの課題に対し、【実験】・【解析】・【観測】という3つのコア技術を持つ国内でも数少ない企業として、それらを統合的に組み合わせることで、耐震性能検証の精度と信頼性を高め、より顧客の立場に立った提案やレジリエントな街づくりの実現に務めています(図2)。
まず、【実験】は、実際に起こり得る現象を直接的に再現し、部材や設備が地震などに対してどのように揺れるかを把握する技術です。当社が保有する3次元振動試験システム「DUAL FORCE(デュアルフォース)」*1は、2010年に導入した4代目の振動台で、発生の危険が高まる東海・東南海地震などの巨大地震によってもたらされる長周期地震動の再現が可能な特長を持つ振動台です。実際に、導入翌年の2011年には、東北地方太平洋沖地震(M9.0)で長周期地震動が発生しました。当社ではこれまで「DUAL FORCE」を用いて、幅広い対象物に対して数多くの振動実験を実施してきました。以下にこれまで検証してきた対象物の特徴をまとめます。
(1) 通信設備・空調設備などの重要インフラ機器
当社は社会の基盤を支える通信設備の耐震性確保を長年の使命としてきました。通信設備は、災害時にも情報伝達や緊急連絡など社会機能の維持に不可欠であり、その安全性は社会全体のレジリエンスに直結します。こうした通信機器や電力装置の耐震性能を実証し、近年はデータセンタの空調設備など、デジタル社会を支える新たなインフラにも対象を拡大しています。
(2) 天井やExp.J(エキスパンションジョイント)*2などの非構造部材
地震時に被害が多発するおそれがある天井や支持架台、Exp.Jなどの非構造部材においても、「DUAL FORCE」の大変位・多軸加振性能を活かして実大振動実験にて検証しています。従来の設計指針では見落とされがちな損傷モードや限界状態を明らかにし、建物全体の耐震安全性や事業継続性に直結するリスクを包括的に評価しています。
(3) その他の対象物
上記以外にも、東北地方太平洋沖地震時に被害を受けた空調吊り設備の落下原因究明と補強対策の確立を目的とした振動実験や、免震建物の通信用ケーブルの引き込み方法に関する性能確認や設計仕様の策定を目的とした振動実験などを実施してきました。これまでの豊富な実験実績と知見を基に、幅広い対象物の耐震性能評価に柔軟に対応しています。
これらのさまざまな対象物に対して、「DUAL FORCE」を活用することで、新しい技術開発における実験的検証や従来の設計指針だけでは見落とされがちなリスクを明確にし、レジリエンスを高めるための実効性ある方策を提示し、事業継続性の確保に直結する成果をもたらします。
次に、【解析】は、建物や設備の挙動を数値モデルで再現し、さまざまな条件下での応答を予測・評価する技術です。解析は、設計段階での複数条件の比較検討や設計方針の妥当性確認、さらに実験では再現が難しいスケールや複雑な挙動の評価などにも有効な手段です。また、実験と解析の連携によって、その精度と信頼性はさらに高まります。実験で得られた結果(固有振動数や減衰特性、応答性状など)を解析モデルに反映することで、解析結果の妥当性を裏付け、設計段階や耐震評価での予測精度を向上させることができます。加えて、解析結果を基に実験条件を設定すれば、限られた試験回数の中で最大限の知見を得ることが可能です。この双方向の補完関係により、高精度な性能評価を実現することができます。
3番目の【観測】は、実建物の応答を継続的に把握し、設計や運用に反映するための技術です。当社は、全国の複数ビルに設置された加速度計や微動センサを用いて地震時や常時微動の応答データを取得し、設計モデルの精度向上に活かしているほか、実際に観測した地震動データを用いた振動実験も行っています。なお、当社が開発した「揺れモニ®」*3に関連する観測の内容は、過去のNTT技術ジャーナル(1)に記載しているため、今回詳細は割愛します。
次に、実験と解析を組み合わせた検証を実施し、実際にレジリエンスや事業継続性に関する課題を解決した2つの具体的な事例を紹介します。精度の高い耐震性能評価技術を可能とし、事業者にとっては安全性の確認だけでなく、事業継続性の両立も実現した事例です。

*1 DUAL FORCE:当社が開発・導入した電気油圧サーボ方式3次元6自由度振動台(3次元振動試験システム)のこと。
*2 Exp.J:建物や構造物の一部に設けられる可動継手で、地震などによる構造体の伸縮や変形を吸収し、損傷や変形の集中を防ぐための装置・部材。
*3 揺れモニ®:当社が開発・導入した建物安全度判定サポートサービス(構造ヘルスモニタリングシステム)のこと。2023年3月、一般財団法人日本建築防災協会による「応急危険度判定基準に基づく構造モニタリングシステム技術評価」を取得。

実験と解析によるレジリエンス評価

■事例1) 公共ホールの耐震天井改修

1番目は、公共施設におけるホールの耐震天井改修に関する事例です。当ホールは竣工から約25年が経過しており、施設の老朽化や法改正への対応が求められる中、ホールの耐震化と事業継続性を両立させることが喫緊の課題でした。また、2011年の東北地方太平洋沖地震以降、天井落下事故のリスクが社会問題化し、公共ホールにおいても「安全性の確保」と「音響性能・意匠の維持」を両立した耐震改修が強く求められるようになりました。さらに、災害時には避難拠点としての役割を担う施設も多いため、被災後の早期復旧および事業継続性の確保が重要な課題となりました。
ホールの天井は3次元曲面形状であり、天井裏には設備ダクト等が複雑に配置されているため、下地鉄骨との干渉が生じ、吊り金物の構成も複雑化していました。その結果、設計図と現況に乖離があり、現況に即した解析モデルの作成が困難な状況でした。
そこで、天井下地鉄骨全体をモデル化するにあたり、部材間の干渉や施工上の課題を事前に把握する必要があると判断し、BIMや3Dスキャナ技術を活用して天井裏の複雑な現況モデルを精密にモデル化しました。これにより、3Dモデルを用いた解析を通じて、鉄骨部材や接合部の強度検証を行うことが可能となりました。
当ホールでは、さらなる信頼性向上のため、天井材の振動実験も実施しました。実験では、「DUAL FORCE」で地震波を再現し、天井材の地震レベルに応じた耐震性能を把握することで、設計の有効性を確認しました。また、「DUAL FORCE」の性能を活かし、水平加速度約1.0G、鉛直加速度約0.5Gの3方向同時加振を行って検証を行い、吊り材や下地材、接合部の挙動や損傷モード、限界状態を詳細に把握し、現実的な地震荷重下での耐震性能を確認しました。さらに、実験で得られたデータを基に、解析にて固有振動数や減衰特性、応答性状を把握しながら、天井と壁の取合い部には適切なクリアランスを設定しつつ、音響性能への影響を最小限に抑える施工方法を実現しました(図3)。
この耐震天井改修では、実験と解析を組み合わせて検証を実施することで、設計の合理化と耐震性能検証を実現するとともに、提案から設計、施工まで一貫したプロセスを構築し、地震後の迅速な対応や運用面も整備し、復旧時間の短縮と事業継続性の向上に寄与しました。この取り組みは、レジリエンスを具体的にかたちにした先進事例となり、公共施設における事業継続性の確保に対する有効性を示すものとなりました。

■事例2) データセンタの空調設備機器に関する耐震性能検証

2番目は、データセンタに用いる空調設備機器の耐震性能検証に関する事例です。データセンタは、昨今社会インフラの中枢を担う施設として、事業継続性の観点から極めて高い信頼性が求められています。その中でも、空調設備はIT機器の安定稼働を支える生命線であり、地震時における設備の損傷や停止は、即座にサービス停止やデータ損失といった重大なリスクに直結します。特に、大型の空調設備機器や屋上設置型ユニットは、建物内の設置位置ごとに異なる床応答を受けやすく、たとえ免震建物であっても、免震直上階や屋上架台などでは入力の増幅の影響を受けやすく、従来の経験則や一般的な指針だけでは正確にリスクを評価することはできません。こうした背景から、当社は「設計段階で空調設備の耐震性能を定量的に評価し、意思決定に直結できること」を課題として設定しました。
この課題に対し、現実の挙動を直接的に把握するための唯一の手段として、当社の「DUAL FORCE」*1を用いた実大振動実験を実施しました。実際の空調設備機器を対象に、地震時の挙動を忠実に再現し、機器本体の最大加速度や相対変位などの応答性状を詳細に把握する実験を行いました。実験では、ユニットの質量・重心・支持剛性など、どの要因が応答性状に寄与するのかを明確にするとともに、従来の設計指針だけでは把握が困難なリスクを抽出し、耐震性能の評価に必要な基礎データを取得することができました。
次に、実験だけでは補えない領域を解析で補います。実験での知見を拡張し、建物—機器—結合部の挙動を数値モデルで再現し、多様な条件下での応答予測を実施しました。実験で得られた固有振動数や減衰特性をモデルに反映することで、解析の精度は飛躍的に向上します。さらに、解析は実験では再現が難しい複雑な連成挙動を評価でき、パラメトリックスタディを通じて、精度の高い検証を実現できました(図4)。
さらに、より高度な検証を実現できる工夫として、実際に建物内の設置位置ごとに異なる床応答を示す実状に対して、低層免震データセンタの設計例を分析し、実験や解析に用いる床応答波を作成しました。具体的には、免震直上階および上階、中間階、屋上架台の3区分を定義し、3種類の地震応答標準スペクトルを作成しました(図5)。これにより、設置位置によって応答がどの程度変化するかを定量的に確認し、特に機器の固有振動数と床応答が一致する場合には、床加速度の約4.5倍もの加速度の増幅が生じることを新しい知見として確認しました。
こうした取り組みの成果として、当社は空調設備機器の耐震性能検証ツールを開発しました。このツールは、設計や建物運用開始後の評価に活用でき、機器仕様や建物条件などを入力することで、空調設備機器の耐震性能を簡易に検証することができます。この取り組みは、単なる耐震性能の把握にとどまらず、事業者が「どこまで安全か」「どこにリスクが残るか」を定量的に把握でき、事業継続の実効性をより高めるための判断が可能になります。当社は、実験と解析による統合的な検証を通して、信頼性の高い性能評価を実現し、将来のレジリエンス設計をリードする取り組みをめざします。

今後の展望とビジョン

当社の使命は、災害に強く、早期復旧が可能な社会基盤の実現です。これまで、実験と解析を軸に、非構造部材を含む耐震性能の検証や、事業継続性を支える仕組みづくりに取り組んできました。しかし、レジリエンスの要求は年々高度化し、単なる耐震設計の枠を超え、設計から運用・復旧までを一貫して支援する仕組みが不可欠になっています。
今後は、実験と解析の高度化に加え、観測技術との連携をさらに強化します。地震時における実建物の構造体の応答だけでなく、非構造部材や設備機器などの応答にも着目し、それらを設計モデルにフィードバックすることやレジリエンス評価の提案に用いることで、建物のライフサイクル全体での活用をめざします。これにより、地震直後の健全度診断や復旧優先順位の判断を迅速化し、事業者による事業回復の早期実現を可能にします。さらに、AI(人工知能)やデジタル技術の活用も重要な要素です(図6)。観測データと設計モデルを統合したデジタルツインを構築し、AIによる建物応答の推定や予測を組み込むことで、検証精度と信頼性の向上に加え、パラメトリック解析やリスクマネジメントにより、より合理的な設計判断を実施します。また、デジタルツインを建物の所有者や利用者が活用することで、事前の備えや訓練計画の策定に役立て、復旧時間の短縮や事業継続性の実効性を高めることにつなげます。
当社は、これらの技術を統合し、設計から運用までを一貫して支援するレジリエントなプラットフォームの構築をめざします。そこでは、構造や設備の応答データなどの技術指標と事業継続にかかわる運用情報などの経営指標を連携ならびに可視化し、事業者・設計者・施工者・建物管理者などが共通の基準で意思決定できる環境を提供します。
当社は今後も、レジリエンスや事業継続性の観点から、建築分野における新たな価値を創出し続けます。災害に強く、早期復旧が可能な社会基盤を支えるため、技術とデジタルの融合による次世代のソリューションを追求し、安心・安全な社会の実現に貢献していきます。

■参考文献
(1) from:“建物安全度判定サポートサービス「揺れモニ®」の展開,”NTT技術ジャーナル,Vol.36,No.3,pp.85-87,2024.

NTTファシリティーズ
サービスイノベーション部 研究開発部門 建物ソリューション担当

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