2026年8月号
特集1
白紙のデバイスに光で機能を書き込むプログラマブルフォトニクス
- プログラマブルフォトニクス
- 光量子
- 光コンピューティング
本稿では、光デバイスの機能(プログラム)を光を用いてリアルタイムに書き込むことができる新方式のプログラマブルフォトニクスの開発について紹介します。このデバイスは製造時には何の機能も持たない、白紙の板のような形状をしていますが、利用時にその表面に光パターンを照射することで任意の機能を書き込むことができます。これにより、1つのチップで数多くの複雑な機能を一挙に実装することが可能になりました。光コンピューティングや光量子への応用が期待されています。
柳本 凌達(やなぎもと りょうたつ)/Martin M. Stein
NTT Research,Inc.
Physics & Informatics Laboratories
「彫刻」としての現代ナノフォトニクスとその課題
現代社会において、光の技術は社会のあらゆる場面で利用されています。その応用範囲は光通信、センシング、イメージングなど従来からの応用に加え、現代社会で新たに登場したAI(人工知能)データセンタや量子技術にまで急速に拡大しています。このような需要にこたえ、光デバイスもより洗練された高度かつ複雑な構造を持つようになってきており、世界の最先端を行く光集積回路の美しさには息を呑むものがあります。
このような光デバイスは程度の差こそあれ、原材料の構造を複雑なナノ構造に加工する「彫刻」のような方式で作成されており、デバイスの持つ形そのものに機能が彫り込まれています。これまでの光技術、特に微細な構造を作成することを志向するナノフォトニクスは、このような微細加工の技術をより高度に、正確に、最適に進歩させることによって発展を遂げてきました。
この光デバイスを「彫刻」として作成するパラダイムは現代まで大きな成功を収めてきた一方で、現代社会での複雑化する課題へ対応しようとした際にその限界も明らかになってきました。彫刻を元の石に戻すことができないように、一度作成した光デバイスはあらかじめ決められた1つの機能しか満たすことができません。また、光デバイスの作成時のエラーはそのまま機能の欠陥となり、使用現場での要求・環境の変化などにも対応が難しくなります。さらに、デバイスの設計・作成・テストに長い時間を要するため、研究開発は長期化し、コストも増大することとなります。上記のような弱点は、光技術に要求される機能が複雑化・高度化していく中で致命的な問題となり得ます。
何者でもないからこそ何者にでもなれる光デバイス
これらの問題に対応するため、NTT Research,Inc.ではCornell大学と共同で全く逆のアプローチを取ることを考えました。すなわち、作成段階では可能な限り光デバイスを設計せず、つくり込まず、最適化もせず、「白紙」のような形で完成させます。そしてこのデバイスに、運用段階で必要な機能をリアルタイムで書き込むというアイデアです。私たちが作成したデバイスの写真を図1に示します。極めて複雑な光回路から構成される従来のナノフォトニクスと異なり、何の構造もない、拍子抜けするほどシンプルな白紙の板であることが見て取れるかと思います。しかしながらこのデバイスは何の機能も持たずにつくられているからこそ、何にでもなれる可能性を秘めているのです。ここではこのデバイスを「白紙プログラマブルフォトニクス」と呼びます。「プログラマブル」は、機能を運用時にプログラムのようにリアルタイムで書き込めることを指しています。
白紙プログラマブルフォトニクスは、従来のプログラマブルフォトニクスと同様の課題の解決をめざしつつも、正反対のアプローチをとっています。従来の方式では、あたかもFPGA(Field Programmable Gate Array)のように複雑かつ精巧な大規模光回路を作成し、その回路に多くの自由パラメータを持たせていました。これにより、デバイスの利用時にそれらの自由パラメータを任意に設定することで回路を切り替え、機能を変化させることができるようになるのです。一方で白紙プログラマブルフォトニクスは、ベースとなる光回路さえもつくり込まず、すべてを運用時に、白紙状態のデバイスに書き込むという点で正反対の設計思想となっているのです。
白紙プログラマブルフォトニクスの動作原理を図2に示します。このデバイスの基部は、シリコン基盤の上に作成された板型の二次元光導路で構成されており、この段階ではただ光を通すことのできる板に過ぎません。重要なのはその上に積層された光導電体の層と透明電極です。デバイスを運用する際には、透明電極と基盤の間に電圧をかけ、さらに上部から緑色光のパターンを照射します。ここで光導電体は緑色光を吸収することで、光が当たった部分だけが電気を通すようになります。これにより、照射した光のパターンに対応した電場の分布がつくられ、それが二次元光導路上に印加されることになります。一般に物質は電場が印加されるとその物性を変化させます。そのため、照射する光のパターン→電場のパターン→物性の変化パターン、と同等のパターンが引き継がれ、結果として光のパターンを用いてデバイスの機能を自在に書き換えることが可能になります。直感的には、ここでの光の照射パターンはデバイスに機能を書き込むプログラムの役割を果たしています。光の照射パターンはプロジェクターによって作成されており、100万近い数のパラメータを、各ピクセル数マイクロンの解像度で、毎秒10回程度更新することができます。図3に実際の実験装置の様子を示します。
今回の研究では二次元光導路のコア材質として、ニオブ酸リチウムと窒化珪素を用いた2種類のデバイスを作成しました。前者では電気光学効果によって、照射した光のパターンと同じ形状の屈折率の変化を生み出すことができます。後者では、電界によって二次の非線形光学効果が誘起され、自在に光の色を変換できるようになります。以下ではこれらの2つのデバイスによる実証実験の内容を説明します。



光によってプログラムを書き込む光コンピューティングの実証
光技術によるブレークスルーが期待されている大きな社会課題として、AIデータセンタにおけるエネルギーコストの爆発があります。特に光を用いた新たなコンピューティングの形には大きな期待がかかっています。光の持つユニークな計算能力について直感的に理解するには、眼鏡を例に考えると分かりやすいかもしれません。眼鏡はぼやけた画像をシャープな画像に変換する画像処理計算装置であると考えられます。特筆すべきは、眼鏡がこの複雑なタスクを、一切のエネルギーを使うことなく、膨大なデータ量に対して休むことなく実行しているということです。この例は、光がある種の計算タスクに対して極めて効率的な計算能力を提供できることを示唆しています。
私たちの作成したニオブ酸リチウムを利用したプログラマブルフォトニクス上では、自由に光の屈折率分布を変化させることができます。これは直感的には、極めて複雑な形状の「眼鏡」を自在に実現できることに対応します。Nature Physics誌に掲載された今回の研究結果では、この機能を用いて光を用いた機械学習を実証しました(1)。
一例としては、デバイスに入力する光に手描き数字の画像情報をエンコードし、その画像認識処理を行う実証を行いました。ここでは、入力された光がデバイスを通過した後に、対応した手描き数字の値によって別の場所に集光されるように、緑色光の照射パターンが最適化されています。すなわち緑色光の照射パターンが「手描き数字を認識するプログラム」を書き込んでいる形になっているのです。結果としてMNIST(Modified National Institute of Standards and Technology database)データセットで86%の画像認識精度を実現しました。
この実証において示されたような光コンピューティングへの応用には、デバイスが「プログラマブル」であることが非常に重要となります。この1番目の理由としては、コンピュータとしての性質上、複数のタスクをこなすことが求められる場面が多くあるからです。私たちのデバイスでは、緑色光の照射パターンを切り替えることで、例えば「音声認識」のような別のタスクを実装できます。2番目の理由として、光コンピューティングにおいては、要望する計算タスクに対応するデバイスのパラメータを学習によって最適化する必要があるからです。プログラマブルなデバイスであれば、その都度一から新しいデバイスを作成する必要なく、その場でパラメータを最適化することが可能になります。
最後に重要なのは白紙プログラマブルフォトニクスが計算に要するエネルギーについてです。実際の「眼鏡」とは異なり、白紙プログラマブルフォトニクスではその機能を維持するために緑色光のパターンを常に照射し続ける必要があり(機能の揮発性)、現状では最低でも10mW程度の光エネルギーが必要となっています。ただしこのエネルギーコストはデバイスの行う計算量には比例しない一定の値であり、入力光信号をよりスケールアップすることによって、単位計算量当りのエネルギー消費を押し下げることができます。
自在に光の色を変えるプログラマブル非線形光学の実証
私たちが普段目にしている光学は一般に「線形」な光学と呼ばれています。これは光が互いにぶつからず、相互作用をしないことを意味しています(空中で懐中電灯の光をクロスさせても光どうしがぶつからない状況をイメージしていただくと分かりやすいかと思います)。一方で、特殊な「非線形」な媒質中では光が強く相互作用をし、その結果光が光を曲げるなど、通常の線形光学では不可能な機能を実現することができます。例えば光の色を変化させる波長変換や、量子コンピュータに重要な量子もつれを持った光の作成、光周波数コムの実現などにはこのような非線形光学が必須となります。しかしながらこれまで、非線形光学デバイスの機能は主に作成時に固定され、それによって応用範囲が狭められてしまっていました。
Nature誌に掲載された私たちの研究では、窒化珪素のコアを用いた白紙プログラマブルフォトニクスによって、非線形光学効果を自在に操ることができることを実証しました(2)(3)。例えば図4にあるようにリアルタイムで光のスペクトルを自由な形に整形したり、光を色によって別の位置に集光したりすることができるようにしたり、さらには従来のデバイスでは動作が不可能なレベルの環境変化に対応できる機能を実証したりすることが可能になりました。ここでこれらの機能はすべてたった1つのデバイス上で、プログラムに対応する緑色光の照射パターンを変化させることによって実現されています。
将来的にはデバイス機能をより向上させることで、自在な量子もつれを持った量子光を生成できるプログラマブルな量子光源や、量子インターネットに活用できる量子シグナルの波長変換などにも応用できると期待されています。

未来の光学に向けて
今回の研究では一切の構造をつくり込まず、すべての機能をデバイスの使用タイミングで光を用いて書き込む「白紙プログラマブルフォトニクス」の原理実証実験を行いました。具体的にはニオブ酸リチウムと窒化珪素をコアに用いた2種類のデバイスを作成し、それぞれでプログラマブルな屈折率と非線形効果を実現しています。機能としては基礎的な光による機械学習、行列ベクトル積の計算、リアルタイムでの広帯域可変スペクトル光の生成などが実証されました。一方で、これらは原理的に実現可能な無数の機能のほんの一部分にすぎません。光デバイスの利用現場で、リアルタイムで機能を再設定できるという能力は、これまでにない光デバイスの開発・応用方式を切り拓く可能性を秘めています。
例えば従来の方式であればあらかじめ精密にデバイスの機能を設計・作成しなければなりませんが、プログラマブルなデバイスであれば白紙の状態で製品を送り出し、現場でユーザからのフィードバックを基に自動的に機能を逆設計する、というアプローチが可能になります。これにより利用現場での環境や用途の変化にも柔軟に対応することが可能になり、従来では不可能であったような範囲まで応用の可能性がみえてきます。
一方で私たちのアプローチが広く実用に至るまでには、改善が必要な要素がいくつか残っています。特に現状では「どんな機能でも実装できる代わりに、どの機能も性能が低い」という、器用貧乏な側面があります。例えば光コンピューティングの応用については、いまだに計算可能な規模は電気回路に比べると小さく、非線形光学応用についても波長変換効率は低い値にとどまっています。今後、真にあらゆる機能を万能に実装できるようになるためには、デバイス、物性、光学系の側面からさらなる研究・開発が重要です。
歴史的にも社会課題の変遷とともに技術は大きく変化してきました。数十年の先にある光デバイスも、現代のパラダイムの延長にないような予想不可能なことも十分考えられます。今は奇異なアプローチにみえるかもしれない私たちの研究ですが、これからの光学を考えるうえでの1つの未来予想図となれば嬉しいです。
■参考文献
(1) T. Onodera, M.M.Stein et al.:“Arbitrary control over multimode wave propagation for machine learning,” Nature Physics, Vol.22, pp.164–171, 2026.
(2) R. Yanagimoto et al.: “Programmable on-chip nonlinear photonics,” Nature, Vol.649, pp.330–337, 2026.
(3) K. Srinivasan:“Shape-shifting electrodes tune optical-frequency converter,” Nature, Vol.649, pp.298–300, 2026.

(左から)柳本 凌達/Martin M. Stein

NTT Research Physics & Informatics Laboratoriesでは、光技術の持つ可能性を今までにない方向に推し進めるべく、物理、量子、アルゴリズム、ハードウェアなどさまざまな方向から研究開発を行っています。現在大学との共同研究も積極的に行っています。