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2026年8月号

特集1

シリコンバレーから世界へ:NTT Research 2.0に向けた取り組み

NTT Research 2.0: シリコンバレーの熱をNTT Groupへ

シリコンバレーでは、大学等の基礎研究成果を基にしたStartupの例がいくつもあります。NTT Research,Inc.(NTT Research)が過去7年間行ってきた基礎研究においても、ビジネス化可能な技術が生まれてきています。またAI(人工知能)の大きな進展のように、社会の変化に合わせて研究テーマの見直しも必要となっています。本稿では、次の10年間に向けて、NTT ResearchがNTT Groupの発展に寄与するための展望について紹介します。

小澤 英昭(おざわ ひであき)†1/寒川 哲臣(そうがわ てつおみ)†2
NTT Research,Inc. CTO†1
NTT Research,Inc. Physics & Informatics Laboratories 所長†2

はじめに

2026年NTT Research,Inc.(NTT Research)は設立から7周年を迎えました。この会社は、2019年7月に、光量子計算、暗号の基礎理論、医療を目的としたBio Digital Twinという3つのテーマにおいて、基礎研究に特化した活動を行うという方針のもと、わずか10数名の研究者でスタートしました。その設立の目的は、基礎研究分野において世界トップレベルの研究を行うことで、NTTグループが世界に冠たる研究開発力、技術力を持っていることを示し、NTTグループの技術ブランドを世界規模でアピールしていく、というところにあります。
この7年間で研究者は56名にまで増え、Natureをはじめとして著名な学術誌や、世界トップレベルの国際会議で多数の研究発表を行うなどの成果を上げてきました。一方、7年間の継続的な研究の結果、学術的な基礎研究の結果生まれた技術の中で、比較的近未来のビジネス展開が可能と考えられる技術や、国家プロジェクトの方向性と合致する研究活動も生まれつつあります。
またNTT Researchが位置するシリコンバレーは、大学や国立研究所の基礎研究から生まれた成果を基に、ビジネスを築き上げていく文化やエコシステムがあります。NTT Researchにおいても、基礎研究活動をさらに活発化させるとともに、基礎研究から生まれた技術をシリコンバレーのエコシステムの中でビジネス化していくことや国家プロジェクトへの参画による新たなビジネスチャンスの探索といった取り組みを行うところに活動範囲を広め、「NTT Research 2.0」として変革しようとしています。

7年間の成果

NTT Researchでは、アカデミアの中で貢献する研究としての成果を計測するために、良い論文を多く発表するというKPI(Key Performance Indicator)を定めています。具体的には、論文が他者にどれくらい参照されたのかという指標を基にしたImpact Factorという数値を基準として「論文の質」を評価し、同領域の研究者であれば誰もが知っているレベルと認識される「5.0以上(同じような論文の参照を基準としたh5-medianで約70以上)」の論文を、ハイインパクトな論文と定めています。そのうえで、研究者1人当りハイインパクトな論文を年間1本以上発表することを目標にしています(表)。
結果として、研究活動を開始した2019年7月から2026年3月までの約7年間において、ハイインパクトな論文を467件発表し、また、その中には、世界最高峰の科学誌として知られるNature 5件、Science 1件、Nature姉妹誌26件が含まれています。また、研究分野によっては論文誌ではなく特定の国際 会議において発表を行うことが、アカデミアの中で技術的なポジション確立への貢献度が大きい場合もあります。暗号の基礎理論や、AI(人工知能)が、このような分野に当たります。暗号理論においては世界最高峰の国際会議といわれるCrypto、EuroCryptにおいて、他の世界的研究組織を大きく凌駕する件数の発表を行い、この分野における世界的研究リーダとしての地位を確立しました。またAI分野においても、NeurIPS、ICML、ICLRという機械学習関連の国際会議で継続的に論文発表することで、NTTのブランド価値の向上を図っています。
NTT Researchでは、このような研究成果を上げ続けていくために、優れた研究者を世界中から採用することにも力を注いできました。Stanford大学、MITなどの米国の研究大学と呼ばれるトップレベルの大学には、米国だけでなく世界中からの優秀な学生が博士課程に進学してきています。NTT Researchにおいても、現在米国出身者が約30%、ヨーロッパ・中東の出身者が約20%、日本人約20%、日本以外のアジア・オセアニア約30%と世界中から研究者が集まる研究所となっています。
また優れた学術的な研究の中には、特許として知的財産を確保すべき技術も多数あり、この7年間に143件の特許を出願し、すでに41件の特許が登録されています。

基礎研究の今後

2019年にNTT Researchの研究テーマは、光量子計算、暗号の基礎理論、医療を目的としたBio Digital Twinという3つのテーマで始まりましたが、現在、図1に示すように、新素材の探求といったハードウェアに関する研究から、AIや医療分野のようなソフト的な研究まで幅広く活動を行っています。
光量子計算については、古典的なコンピュータが真空管から半導体、特にシリコンウエハ上の大規模集積回路(LSI)に移行することで実用性が向上したのと同じように、レンズを組み合わせた光学系の装置から、光を通す薄膜上に集積された光回路を作成する光LSIを実現することで、光量子コンピュータ、並びにLLM(Large Language Models:大規模言語モデル)の推論を高速化・低消費電力化する光コンピュータの研究開発を新しい重点項目として取り組んできています。最近のこの研究の成果の1つは、ハードウェアとしては1つの光デバイスに複数の機能を持たせることができる、すなわち、Programable な光デバイスです。これについては、本特集の中で紹介します。
他には、急速に発展しているAIについては、AIのメカニズムや学習、推論の過程のダイナミズムを解析することにより、AIをブラックボックスとして扱うのではなく、AIの本質的な動作を解明することを行っています。この研究の大きなゴールは、人間とAIが今後どのように共存・協調していくべきかという大きなテーマに対する解を見出していくことであり、この取り組みについても、本特集で紹介します。またBio Digital Twinの精度を高めるために、生体情報を正確に計測するための医療用の計測デバイスや、そのデバイスに必要な機能を持たせるための新素材の開発といった研究も推進しています。
このようにNTT Researchは、次の5年、10年後の社会の要請にこたえるために、新しいテーマを加えつつ研究開発に取り組んでいます。その中で2026年5月に、今まで7年間光コンピュータ、光量子計算の研究をリードしてきたPhysics & Informatics Laboratories(PHI Lab.)所長の山本喜久に代わり、元NTT先端技術総合研究所所長の寒川哲臣を新たな所長として迎えています。

PHI Lab. 新所長からの挨拶

PHI Lab.ではこれまでコヒーレントイジングマシン(CIM:Coherent Ising Machine)*1の研究基盤をつくるとともに、次世代の光デバイスのプラットフォームとして期待されるTFLN(Thin-Film Lithium Niobate:薄膜リチウムナイオベート)とシリコンフォトニクス技術を融合した新しい光機能デバイスの研究を加速中です。CIMは単独の「最適化専用マシン」としてだけでなく、物理系を使ったサンプリング、確率的探索、生成モデル、組合せ最適化アクセラレータとして再定義したうえで、NTT物性科学基礎研究所とも連携し、当初の目的であった光量子ニューラルネットワークの実現に挑みます。TFLNベースの非線形集積フォトニクス技術は、AI時代のボトルネックとなる高効率なMAC(Multiply-accumulate calculation)演算*2・メモリ・通信・I/O・電力の課題解決に貢献するために強化していきます。

*1 CIM:光学技術を基にした組合せ最適化問題向け量子コンピュータ。
*2 MAC演算:積和演算といい、積の和を求める処理で、ニューラルネットワークを基にしたAIで非常に多く用いられます。

NTT Research 2.0の取り組み

NTT Researchの設立の目的でもあるNTTグループの技術ブランドの向上のために、NTT Researchでは、自身の研究開発の成果に限らずNTTグループの研究開発、新サービスを基に、主に日本国外向けにNTTグループの技術力について、NTT ResearchのTechnology EventであるUpgrade(図2)や、事業会社からの依頼によるビジネスイベントでの講演、顧客向けの個別の講演といった活動を積極的に行ってきました。
技術力についてのマーケティング活動も重要ですが、この7年間の研究活動の結果の中には、社会実装が可能と思われる成果も出てきています。シリコンバレーでは、大学や国立研究所で生まれた基礎研究の成果を基にしたStartupを育てていくエコシステムと文化があります。シリコンバレーという言葉自身、ベル研究所でトランジスタを発明したウィリアム・ショックレーが、Beckman Instruments(現Beckman Coulter:医療系のテスト装置の会社。創業者のBeckmanもカリフォルニア工科大学の教授からこの会社を興した)の子会社として、ショックレー半導体研究所(Shockley Semiconductor Laboratory)を創設したことに由来しており、新しい技術をStartupとしてビジネス化していく文化は、Startupのつくり方が、大きな会社の子会社から、新しいビジネスに投資するVenture Capital主体のエコシステムへと変化してきた中でも連綿として続いています。一方で単にStartupとしてすぐに市場の中でビジネス化できるというよりは、国家プロジェクトのように社会の大きな方向性の中で、基礎研究から生まれた技術を社会実装に役立てたほうが良い場合もあり、このような取り組みに対してもNTT Researchの研究活動が組み込まれ始めています。
NTT Researchでは、今後も基礎研究については継続的に世界的な研究者に集ってもらいながらその活動をさらに加速化していきます。同時に、シリコンバレーのエコシステムの中での技術のビジネス化や、国家プロジェクトによる近未来での社会実装の実現といった取り組みをNTT Research 2.0として総称し、2026年に新たな事業方針として制定しました。ビジネス化については、Scale Academyと呼ぶチームを立ち上げ、このチームが中心になりNTT Research発の技術をStartupのかたちとしてSpinout(特定の技術・サービスに注力する新会社)させるために、元の技術に関連機能を付加することで売り物として仕立てることや、最適なビジネスパートナーの開拓を行う活動を始めました。最初のビジネス化の取り組みは、NTT Research Cryptography & Information Security Laboratoriesで研究開発してきた暗号技術であるABE(Attribute-Based Encryption)を基にし、社内外での情報流通やAgent AIなどとのデータの学習時に個人情報、機密情報を守ることで、情報流通の促進と個人情報・機密情報の保護を両立させるSaltGrainサービスです。この取り組みについても、本特集の中で紹介します。
また国家プロジェクトについては、日本の国立研究開発法人である産業技術総合研究所に協力し、PHI Lab.で進めているTFLN上に光の集積回路を作成し、センシングや演算などの機能を実現するプロジェクトを進めています。Medical & Health Informatics LaboratoriesにおいてもHarvard大学などと共に、米国における国立研究プロジェクトに対し、IPS細胞を基にした小児心臓疾患の患者に対する補助人工心臓の研究開発を行う予定です。

次の7年、10年に向けて

15年前には、概念として遠い将来AIが人間と同じように知的な処理ができるのではないかと思われていましたが、2025年に現在のようなLLMやGenAIができるとは、とても思われていませんでした。一方で研究の分野によっては、15年前も現在も基礎研究として着実に研究を進めて、ゴールに到達させる努力を必要とする研究もあります。NTT Researchの研究には、このどちらの側面も含まれていると考えています。
今までの7年の活動と経験をもとに、NTT Researchは時代にあった、未来の社会を見据えた基礎研究で世界をリードしNTTの技術ブランドを高めていくとともに、シリコンバレーならではのエコシステムの活用による社会実装の両輪で、NTTグループに貢献し続けていきたいと考えています。

(左から)小澤 英昭/寒川 哲臣

シリコンバレーでは基礎研究の成果を基に生まれたStartupがいくつもあります。Startupのチャレンジは失敗に終わることもありますが、シリコンバレーは多くの失敗や成功を繰り返して進んでいく熱量があります。NTT ResearchもNTT Research 2.0として、シリコンバレーの中でチャレンジしていきます。多くの経験、気付き、ネットワーク、成功、失敗をもとに、シリコンバレーにおける新しいビジネスを成功させる手法や、新しいビジネスを生み出していく熱を、NTTグループへ還元していきたいと考えています。

NTT Research,Inc.

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