2026年9月号
特集2
いつどこで何が起きるかを理解し、予測し、制御する──点過程と機械学習を組み合わせたイベント時系列解析とその応用
- イベント時系列解析
- タイミング予測
- 点過程
ある出来事(イベント)の発生タイミングを事前に予測することができれば、事前対策によってリスクを軽減、あるいはその機を最大限活用することができます。例えば、機器が故障する前に予防保全を実施する、顧客が来店する直前に割引クーポンを配布し購買を促進するなどが挙げられます。イベントに関するデータを解析し発生タイミングを予測する枠組みは「イベント時系列解析」と呼ばれます。本稿では、機械学習に基づくイベント時系列解析を通じて、イベントの発生モデルの推定と将来予測に関する最新の取り組みを紹介します。
金 秀明(きん ひであき)
NTTコミュニケーション科学基礎研究所
イベントの予測とその重要性
ある出来事、すなわちイベントが「いつ」発生するかを事前に予測できれば、その発生に先回りして対策を講じることができます。また、リスクを軽減するためだけでなく好機を逃さず活用するためにも重要です。例えば、機器が故障する前に予防保全を実施すれば、突発的な停止や修理費用を抑えることができますし、顧客が来店する直前や購買意欲が高まるタイミングを予測できれば、割引クーポンや推薦情報を適切に提示し購買を促進することができます。
イベントの発生時刻(タイミング)を予測する試みは、古くからさまざまな分野で行われてきました。前述の機器故障だけでなく、電話交換機における着信の到着時刻、保険数理における死亡や事故の発生時刻、地震学における余震の発生時刻の予測などはその代表例です。近年では、イベント予測の応用範囲はさらに広がっており、製造業ではセンサデータに基づく予知保全、交通分野では事故や渋滞の予測、医療・公衆衛生分野では感染症の流行や患者の急変の早期検知、サイバーセキュリティでは不正アクセスや異常通信の検知、マーケティングではユーザの購買予測、などが重要になっています。このように、イベントの予測は工学、医療、情報通信、マーケティングに共通する基盤技術となりつつあります。
イベントに関するデータを解析し発生タイミングを予測する枠組みは「イベント時系列解析」と呼ばれます。今後、IoT(Internet of Things)機器やスマートフォン、オンラインサービスなどを介してイベントの詳細な発生時刻を伴うデータが大量に収集されるようになり、イベント時系列解析の重要性はますます高まると考えられます。本稿では、機械学習に基づくイベント時系列解析を通じて、イベントの発生モデルの推定と将来予測に関する最新の取り組みを紹介します。
イベント時系列解析
イベントの発生タイミングを記録したデータはイベント時系列データと呼ばれ、地震、機器故障、消費者の購買、SNS投稿、さらには心拍(心臓の拍動)など多様な現象がこの形式で日々蓄積されています。具体的には、イベント時系列データはイベントの発生時刻とそれに付随する情報のペアを単位とするデータであり、SNS投稿を例に取れば、前者は投稿時刻、後者は投稿者・文面・位置情報などに該当します。当該データはイベントの発生メカニズムを特定し、発生タイミングを精度良く予測するための重要な手掛かりとなります。
イベントの発生タイミングは、時間軸上の点で表現されます。この「点」が確率的に発生する過程を記述する枠組みが「点過程」であり、機械学習と組み合わせることで、イベント時系列データを解析するための標準的な手法となっています*1。点過程では、単位時間当りの発生確率である「強度関数」に従ってイベントが発生すると考えます。図1に、点過程から生成されるイベント時系列の例を示します。まず基本的な性質として、強度関数が小さい時間帯ではイベントは低頻度に発生し、強度関数が大きい時間帯では高頻度に発生します(図1(a))。ただし、イベントは確率的に生成されるため、強度関数が一定であっても、イベントの発生間隔にはばらつきが見られます(図1(b))。また、強度関数に履歴依存性、すなわち過去のイベントの影響を組み込むことで、群発的な挙動や規則的な挙動を表現することもできます(図1(c)、(d))。
以上の例が示すように、イベントの発生タイミングは強度関数によって確率的に決定されます。逆にいうと、イベント時系列データから強度関数を推定することができれば、その推定結果に基づいて将来のイベント発生時刻を予測できると考えられます。したがって、点過程に基づく強度関数の推定と、それを用いたイベント発生時刻の予測は、イベント時系列解析における主要なタスクとなります。
ここでは、強度関数を推定できたとして、代表的な3種類のイベント予測を紹介します(図2)。第1は、次回イベントが発生する時刻の予測です(図2(a))。発生時刻の予測分布は強度関数を用いて評価されます。例えば、顧客が次に来店するタイミングの予測がこれに該当します。第2は、将来のある期間に発生するイベント回数の予測です(図2(b))。イベント回数の期待値はその期間における強度関数の積分値として評価されます。例えば、一定期間内の来店数、故障件数などの予測に対応します。第3は、将来のある期間にイベントが1回以上発生する確率、すなわちイベント発生リスクの評価です(図2(c))。機器故障を例にとれば、このイベント発生リスクがあらかじめ定めた値、例えば60%以上となったタイミングで予防保全を実施することにより、故障を未然に防ぎつつ過剰な保守を避け、費用対効果の高いメンテナンスが実現されます。
*1 本稿では説明を分かりやすくするため、全体を通して時間軸上、すなわち1次元上で発生するイベントを対象としています。しかし、点過程は本来、時間に限らず任意の次元上で発生するイベントを扱うことができます。例えば、時間に加えて緯度・経度の情報を用いれば、「いつ」「どこで」イベントが発生するかを3次元上の問題として予測することも可能です。以降で紹介する技術も、基本的にはイベントデータの次元に依存せず活用できるものです。


強度関数の学習
高精度なイベント予測の実現にもっとも重要なことは、イベント時系列データから強度関数を精度良く推定することです。そこで私たちは、機械学習を用いて強度関数モデルを学習*2する技術の開発に取り組んでいます。機械学習に基づく関数モデルの学習には、関数モデルの構造を定めてモデルパラメータを学習する手法と、データに応じて関数モデルの構造自体を柔軟に学習する手法があります。前者は深層学習*3、後者はカーネル法がその代表例です。私たちは現在、関数の形状に対する事前の仮定に依存しにくいという利点に着目し、カーネル法による強度関数の学習に取り組んでいます。
カーネル法では、データへの適合度を測る指標である損失関数の最小化を通じて関数を学習します。このとき、無限次元の自由度を持つ関数空間における最適化(最小化)問題となるため、直接的には解くことができません。しかし、損失関数が特定の条件を満たす場合、効率的な求解が可能な有限次元の最適化問題に帰着できることが知られています。これは表現定理(representer theorem)と呼ばれ、カーネル法の理論的基盤を成す概念です。ところが、この理論を強度関数の学習にそのまま適用することは困難であることが知られています。点過程の損失関数に強度関数の時間積分項が含まれており、これが従来の表現定理が前提とする条件を満たさないためです。近年、この前提とされていた条件が必ずしも本質的ではないことが指摘され、問題設定を適切に制限することで、点過程においても表現定理が成立する事例が報告されています(1)。しかし、これらの手法はイベント発生の外部要因や履歴依存性を考慮できないなど適用範囲が限定的であり、なお多くの課題が残されています。
そこで私たちは、表現定理が成立する点過程モデルの開発に取り組んでいます。ここでは、3種類の問題設定に応じた最近の成果を紹介します。第1に、時間とともに変化する強度関数をデータから学習する問題に対し、損失関数の工夫により、イベント予測の精度を維持しつつ学習の安定性と速度を大幅に改善する手法を構築しました(2)。本成果により、大規模データの解析やリアルタイムな予測への応用が可能になります。第2に、イベント発生の外部要因が強度関数に与える影響を学習可能な手法を構築しました(3)(4)。例えば、患者急変イベントに対する入院日数や年齢などが外部要因に該当します。外部要因を考慮して将来の強度関数を評価することで、高精度なタイミング予測が可能となります。この問題設定は生存分析、あるいは生存時間解析と呼ばれ、特に医療分野で重視されています。第3に、複数のイベント時系列が互いの強度関数に影響を与え合う状況下で、その影響の強さをデータから高速に学習できる手法を構築しました(5)。この問題設定はホークス過程と呼ばれます。あるイベントの発生が別のイベントの発生を誘発するような連鎖的な現象を解析できるため、SNSにおける情報拡散、金融市場における取引の連鎖、地震の余震活動、ネットワーク障害の波及などの解析に役立ちます。
*2 関数モデルの学習:推定対象の関数を表現した数理モデルに対し、データを使ってモデルのパラメータを決定すること。
*3 深層学習:多数の層で構成されるニューラルネットワークを数理モデルとして採用し、データを使って学習すること。
今後の展望
ITの発展により、企業や社会が収集できる時系列データは飛躍的に増加しました。スマートフォン、ウェアラブルデバイス、オンラインサービスなどから、いつ・どこで・どのような出来事が起きたのかを記録したデータが日々蓄積されています。これらのデータから機械学習によって複雑なパターンを抽出することで、より精緻な予測が可能になってきています。本稿で扱ったイベント時系列解析も、その重要な応用分野の1つです。
本稿では、カーネル法に基づくイベント時系列解析技術の取り組みについて紹介しました。カーネル法は無限次元の関数空間における最適化問題とかかわるため、数理的には扱いが難しい面があります。しかし、その構造を巧みに利用することで、柔軟でありながら効率的な解析手法を構築することができる点が大きな強みです。一方で、近年では深層学習を用いたイベント時系列解析技術も活発に提案されています(6)。深層学習は、文章、画像、センサデータ、行動履歴のような高次元で複雑なデータから、予測に有用な特徴を自動的に抽出できる点に強みがあります。そのため、複雑な履歴依存性を持つ強度関数をデータから学習する際に、高い予測精度が期待できます。また、カーネル法のように無限次元の最適化問題を直接扱う必要がないため、実装上扱いやすいという利点もあります。ただし、学習には多くのデータ、計算資源、そして計算時間を要することが多く、得られたモデルの判断根拠を解釈しにくいという課題も残されています。
そこで今後は、深層学習とカーネル法の融合が重要な方向性の1つになると考えています。深層学習の高い表現力と、カーネル法が持つ柔軟で効率的な関数学習の性質を組み合わせることで、外部要因やイベント履歴が複雑に絡み合う状況でも、予測精度と計算効率を両立可能な手法が構築できると期待されます。私たちは、点過程と機械学習に関する数理的な深い理解を基盤として、実世界の複雑なイベントを予測し、その結果をリスク低減や機会創出に活用するためのイベント時系列解析技術を発展させていきます。
■参考文献
(1)S. Flaxman, Y. W. Teh, and D. Sejdinovic: “Poisson intensity estimation with reproducing kernels,” Proc. of 20th International Conference on Artificial Intelligence and Statistics (AISTATS), 2017.
(2)H. Kim, T. Iwata, and A. Fujino: “K2IE: Kernel method-based kernel intensity estimators for inhomogeneous Poisson processes,” Proc. of 42nd International Conference on Machine Learning (ICML), 2025.
(3)H. Kim, T. Asami, and H. Toda: “Fast Bayesian estimation of point process intensity as function of covariates,” in Advances on Neural Information Processing Systems (NeurIPS), 2022.
(4)H. Kim: “Survival permanental processes for survival analysis with time-varying covariates,” in Advances on Neural Information Processing Systems (NeurIPS), 2023.
(5)H. Kim and T. Iwata: “A representer theorem for Hawkes processes via penalized least squares minimization,” Proc. of 14th International Conference on Learning Representations (ICLR), 2026.
(6)S. Zuo, H. Jiang, Z. Li, T. Zhao, and H. Zha: “Transformer Hawkes process,” Proc. of 37th International Conference on Machine Learning (ICML), 2020.

金 秀明


「人のなすことにはすべて潮時がある」という有名な一節のとおり、タイミングを知り活用することの重要性は古今東西、広く共有されています。イベント時系列解析は、その実践を支える現代的なツールだと考えています。