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2026年9月号

特集2

こころと知性を解き明かし、新たな世界を切り拓く

勝てる人の「脳と身体」を科学する――eスポーツの勝敗に関与する脳・生理メカニズムの解明

実力が拮抗するトップレベルの対戦では、勝敗を分ける要因としてメンタルが重視されてきました。近年、脳の効率化が重要なメンタルスキルとされる一方、対人競争下で脳や身体がどう適応するかは未解明です。そこでプレッシャー下でも体動が少なく脳波などを高精度に測定できるeスポーツという実験環境に着目しました。本稿ではeスポーツ対戦中の生理データから、勝敗にかかわる脳活動や、上級者と中級者の身体状態の違いを探ります。

南 宇人(みなみ そらと)
NTTコミュニケーション科学基礎研究所

試合の勝敗を分ける「メンタル」と実験フィールドとしてのeスポーツ

実力が拮抗したトップレベルの対戦では競技スキルが飽和しやすく、最後に勝敗を分かつ決定的な要因はメンタルであると古くからいわれてきました。しかし、具体的にメンタルが強い人物の脳や身体で何が起きているのかという問いに対しては、科学的知見が十分に示されていませんでした。
近年のスポーツ脳科学では、優れたパフォーマンスを発揮する際の「脳の省エネ化」という現象が注目されています(1)。これは不要な処理への脳内リソース配分を減らし、特定の処理を効率化することで高いパフォーマンスを発揮する仕組みです。この知見を発展させれば、スポーツに限らず、プレッシャー下で人が最大限の力を発揮する仕組みを理解でき、将来的には個人の能力拡張やQOL(Quality of Life)の向上につながる可能性があります。しかし、先行研究は厳密に条件を統制したシンプルな実験室課題が中心であり、実際の試合本番で生じるリアルな緊張感を完全に再現することが困難だったため、この脳の効率化システムが実戦環境下でどのように機能しているのかは未解明のままでした。
こうした実験室環境の限界を打破し、実戦環境下の生理状態をリアルタイムに理解するために実際の試合中の計測が試みられてきましたが、そこにはまた別の技術的な壁がありました。大型の機能的磁気共鳴画像法(fMRI)*1は実戦環境に持ち込めず、持ち運びが容易なモバイル脳波計であっても、激しい全身運動に伴うノイズが微細な信号を覆い隠してしまうからです。そのため、従来はノイズの影響を受けにくい視線や心拍、筋電などの指標から脳の内部状態を間接的に推定する手法が主流でした。
しかし私たちは、実戦のプレッシャー下における脳活動そのものを直接観察したいと考え、eスポーツに着目しました。eスポーツは体格や身体能力が勝敗を左右しにくいため、高度な戦略的駆け引きや強靭な精神力などのいわゆるメンタルゲームとしての側面が強調されやすいといわれています。最大の利点は、激しい全身運動を伴わず、運動出力が手先の操作に集約されている点にあります。これにより、実際の試合形式における真剣勝負の最中であっても、運動ノイズを最小限に抑えながら高精度な脳波信号を直接計測することが可能となります。
生理計測のしやすさと勝負の緊張感が両立しているeスポーツは、身体運動のノイズに隠れがちだった勝負の本質を可視化するための理想的な実験環境となり得ます。私たちはこの特性を活かし、試合直前の脳状態と勝敗の関係、重要局面における運動出力の最適化、そして対戦相手との生理状態の同調という3つの研究テーマを展開してきました。

*1 機能的磁気共鳴画像法:強い磁場を用いて脳内の血流変化を測定し、活動している脳領域を可視化する手法です。

試合直前の脳状態と勝敗の関係

先行研究では、例えばバスケットボールのフリースローのように競技のワンプレーの成績と脳波の関連が報告されていましたが、不確定要素が多く長時間行われる実際の試合の勝敗に対して、脳波がどのような予測性を持つのかは謎でした。私たちは、脳波計測に適したeスポーツの格闘ゲーム*2を対象とし、作戦を組み立て、メンタルを整える重要な時間帯である「ラウンドの直前期間」に着目しました(2)
2ラウンド先取制の対戦形式でラウンド開始直前の脳波データを解析した結果(図1)、勝てるプレイヤーは試合の局面に応じて異なる脳状態を巧みに使い分けている事実が明らかになりました。具体的には、試合序盤の第1ラウンド直前において、最終的に勝利を収めるプレイヤーは戦略的意思決定にかかわる左前頭領域のガンマ波*3が有意に増大していました。アンケート調査の結果も踏まえると、事前の戦略の組み立てが主観的にうまくいっているプレイヤーほどガンマ波が顕著に増大しており、試合序盤は脳のリソースを意思決定に費やすことにメリットが大きいと考えられます。
一方、1勝1敗で迎えた最終ラウンド直前では、同領域のアルファ波*4が勝つ方で有意に増大していました。左前頭のアルファ波の増大は不安などのネガティブな感情を抑制する感情制御と関連することが知られており、アンケートでも勝ち試合の終盤では不安のコントロールが成功しやすくなっていました。つまり勝てるプレイヤーは終盤のプレッシャー下で感情をうまく抑制でき、最終ラウンドで普段どおりの力を発揮しやすいのだと考えられます。
さらに私たちは、試合が始まる前の脳波データだけを使ってその後の勝敗を予測できるかという課題に挑戦しました(3)。1ラウンド先取制の短期決戦形式で、各ラウンド直前の脳波を入力データ、勝敗結果を教師データとして機械学習モデルを構築したところ、もっとも優れたモデルにおいて、ラウンド開始前の脳波から約80%という高い精度で勝敗を予測することに成功しました(図2)。
この予測器は、両者の実力が拮抗した対戦や番狂わせの試合において同程度の精度を発揮しました。過去の戦績やスタッツデータに頼る従来手法では、下馬評が崩れる不確定な試合において予測精度がチャンスレベル(約50%)付近に低下します。しかし、私たちの脳波モデルは高い精度を維持し続けました。これは過去の実績以上に、まさに今から試合に臨む瞬間の脳のコンディションが勝敗を左右しやすいという可能性を示唆しています。

*2 格闘ゲーム:プレイヤーどうしがキャラクターを操作して対戦するゲームで、相手の体力ゲージを減らしきることでラウンドに勝利したことになります。試合は複数のラウンドで構成され、各ラウンドの合間に十秒程度のラウンドインターバルが存在します。
*3 ガンマ波:脳波の一種で、一般に30Hz以上の高周波帯域を指します。高次意思決定、情報統合など、高度な認知機能との関連が示されています。
*4 アルファ波:脳波の一種で、一般に8〜13Hz程度の周波数帯域を指します。安静時やリラックス状態で強く現れやすく、注意や感情抑制とも関係します。

重要局面における上級者の身体制御

従来の運動制御研究では、単調な反復動作や、単純な視覚刺激への反応を扱うものが多くみられました。しかし、対人競技のような実戦場面では、状況が刻々と変化する中で、運動制御の仕方をその場に応じて調整していく必要があります。そのため、従来の実験課題から得られた知見だけでは、実戦で発揮されるアスリートの身体制御の仕組みを十分に説明することは困難でした。特に、競技の熟達度、得られる情報の制限、強い競争意識といった実戦特有の要因が、運動出力にどのような影響を及ぼすのかについては、まだ十分に整理されていません。
私たちは、この熟達度による身体制御能力の違いとタスク文脈が与える影響を解明するため、eスポーツにおける勝負所(試合終盤)の腕の筋活動に着目しました。具体的には、通常対戦、体力ゲージ非表示、スパーリングという3つの実験条件によって「戦況把握の容易さ」と「勝利への競争意識」に介入し、上級者と中級者で腕の筋活動とコントローラー操作のパフォーマンスを計測し、比較しました(4)(図3)。
通常対戦では、体力ゲージから戦況を容易に把握でき、通常ルールのため競争意識も高く維持されます。体力ゲージ非表示では、互いの有利不利を把握しづらく、戦況把握の難易度が上がります。さらにスパーリングでは、体力が減らず有利不利が発生しないうえに決着もつかないため、競争意識を維持しにくくなると想定されます。試合中の筋活動を解析した結果、通常対戦において、勝者はラウンド決着の約8秒前から腕の筋活動強度を徐々に増大させ、コントローラーへのコマンド入力速度を物理的に高めていました。対照的に敗者は筋活動が減少しており、心理的な弱気が運動出力の低下として表れている可能性を示唆しました。
熟達度による筋活動の違いは、体力ゲージ非表示条件において顕著に現れました。中級者は、体力ゲージという視覚的な試合情報が失われると勝負所の確証が持てなくなるため、決着直前における筋活動の増大や入力速度の向上といった変化が完全に消失しました。しかし上級者は、体力ゲージが見えない状況下でも通常対戦時と変わらないタイミングで腕の筋活動を増大させ、コマンド入力速度を高めて勝利しやすい状態に遷移していました。なお、勝敗がつかないスパーリング条件では、このような筋活動の増加は熟達度によらず生じませんでした。
これらの結果は、中級者が外的な視覚情報に依存して受動的に運動制御しているのに対し、上級者は膨大な経験則に基づく内的モデルから脳内で未来の展開を高精度に予測し、勝負所の訪れを事前に察知して、次に必要な運動出力を準備する高度な身体制御能力を備えている可能性を示唆しています。

熟練者どうしの試合に現れる生理的同調

個人の内部で生じる状態変化に加えて、私たちは対戦している二者の間で生じる生理学的な相互作用の解明にも着目しました。これまで、心理的に親密な関係性や共同作業を行う二者の間では、心拍数などの生理状態ダイナミクスが自然と一致する生理的同期現象が生じることが広く知られていました。そのため従来、この現象は他者への共感や前向きな協調関係がある場面においてのみ特異的に発生すると考えられてきました。
しかし近年の私たちのグループによるeスポーツプレイヤーを対象とした研究報告により、対立し合う競争場面においてさえも、対戦中のプレイヤー間で心拍同期が生じるという結果が明らかにされました(5)。対人競技において対戦相手と見えない生理的なレベルでつながる能力は、プレイヤーのメンタルスキルと深く関連している可能性があります。そこで私たちは、この競争下における心拍同期現象が、具体的にどのような条件下で強力に現れるのかを検証しました(6)
前述の3つの対戦条件下で試合中の心電図を計測したところ、対戦者間の心拍同期は、通常対戦において二者が共に上級者どうしである場合に限って強力に現れることが判明しました(図4)。さらに上級者どうしであれば、体力ゲージが隠され戦況把握が困難な環境でも心拍同期は高いレベルで維持されましたが、勝敗がつかないスパーリング形式になると一転して大きく低下しました。これは、互いの実力が高く、試合に負けたくないという高い競争意識が共有されて初めて、2人の心拍リズムが強く同期することを示しています。
このメカニズムの鍵は、両者が対戦において同じ勝負所の重みを、同じタイミングで感じ取っているかという認知の合致にあると考えられます。上級者はゲームシステムや戦術的定石、相手のねらいなどを深く理解し合っているため、緊張が一気に高まるタイミングや一瞬の仕掛けのチャンスに対する認識が一致しやすく、心拍数が同じダイナミクスで急上昇します。つまり、敵対する相手と生理レベルで深く同調できる能力そのものが、長年の修練によって培われた上級者だけが持つ強さの証なのかもしれません。

実戦環境から見える、パフォーマンス研究の新たな可能性

一連の研究成果を統合することで、伝統的なスポーツの指導現場においてメンタルという言葉で片付けられてきた曖昧な能力の正体が、客観的なデータとして可視化されてきました。私たちは、この知見を応用した具体的なメンタルトレーニング手法として、自身の脳波データをリアルタイムで本人にフィードバックし、勝ちやすい脳状態を自発的につくり出すシステムの開発を進めていく予定です。また、生体指標のモニタリングに基づく、選手の熟達度に応じた最適な科学的コーチングの提供も検討しています。
さらに、この心身制御の知見は現実社会のハイプレッシャーな環境へ応用できる可能性があります。一瞬の判断ミスが生命に直結する外科手術などの医療現場、高所での建設作業、重要なプレゼンテーションなど、強いストレスが発生する社会的タスクにおいて、自らの脳と身体を最適にコントロールし、持てる力を安定して発揮できる環境づくりやデバイス開発への社会実装をめざしていきます。

まとめ

これまで脳科学は統制の取れた実験室内の課題を通して発展してきましたが、現実社会で能力を発揮すべき場面は、強い緊張感や高いモチベーションを伴う社会的タスクの中に意外と多く存在しています。私たちは、実験室と実社会のギャップを埋める理想的な実証フィールドとして、eスポーツに大きな可能性を感じています。今後も研究を推し進め、人間がプレッシャー下で能力を最大化するための心身のメカニズムを明らかにしていきます。

■参考文献
(1)A. C. Neubauer and A. Fink: “Intelligence and neural efficiency,” Neurosci. Biobehav. Rev., Vol. 33, pp. 1004-1023, 2009.
(2)S. Minami, K. Watanabe, N. Saijo, and M. Kashino: “Neural oscillation amplitude in the frontal cortex predicts esport results,” iScience, Vol. 26, No. 6, 106845, 2023.
(3)S. Minami, H. Koyama, K. Watanabe, N. Saijo, and M. Kashino: “Prediction of esports competition outcomes using EEG data from expert players,” Comput. Hum. Behav., Vol. 160, 108351, 2024.
(4)S. Minami, K. Watanabe, N. Saijo, and M. Kashino: “Task context and player expertise modulate arm EMG linked to win-loss outcomes in esports,” Comput. Hum. Behav., Vol. 175, 108850, 2026.
(5)K. Watanabe, N. Saijo, S. Minami, and M. Kashino: “The effects of competitive and interactive play on physiological state in professional esports players,” Heliyon, Vol. 7, No. 4, e06844, 2021.
(6)K. Watanabe, S. Minami, N. Saijo, and M. Kashino: “Physiological Synchrony in Elite Esports Matches Driven by Competitive Motivation,” Comput. Hum. Behav., Vol. 181, 109005, 2026.

南 宇人

競技中の生理指標を高精度に計測できるeスポーツの特性を活かし、実戦環境に適した心身状態を科学的に解明し、人々がプレッシャー下で能力を最大化する心身の仕組みを明らかにしていきます。

NTTコミュニケーション科学基礎研究所
人間情報研究部
身体知研究グループ

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