NTT技術ジャーナル記事

   

「NTT技術ジャーナル」編集部が注目した
最新トピックや特集インタビュー記事などをご覧いただけます。

PDFダウンロード

Event Reports

「NTT コミュニケーション科学基礎研究所オープンハウス 2020」開催報告

NTT コミュニケーション科学基礎研究所では、最新の研究成果を多くの方々に知っていただくイベントとして、2020年6 月4 日正午より「オープンハウス2020」をWeb 公開しました。ここではその模様を報告します。

亀井 剛次(かめい こうじ)/安部川 直稔(あべかわ なおとし)/大國 智樹(おおくに ともき)/村松 純(むらまつ じゅん)/上田 大志(うえだ ひろし)/澤山 正貴(さわやま まさたか)
NTTコミュニケーション科学基礎研究所

オープンハウスの概要

NTT コミュニケーション科学基礎研究所(CS 研)は、人と人、あるいは人とコンピュータの間の「こころまで伝わる」コミュニケーションの実現をめざし、時代を先取りした基礎研究に取り組んでいます。その最新成果を「見て、触れて、感じてもらう」イベントとして、例年5 月末〜6 月上旬にNTT 京阪奈ビル(京都府精華町)で「NTT コミュニケーション科学基礎研究所 オープンハウス」を開催してまいりました。 本年は新型コロナウイルス感染症への対策として、「オープンハウス2020」を実会場でのイベントとして開催することは断念し、当初開催予定であった6 月4 日正午より最新成果のWeb 公開というかたちで開催し、NTT グループ関係者のみならず、各企業や研究機関、大学関係者の方々より、開催後1 カ月間で多数のアクセスをいただきました。コンテンツは引き続き公開しています(1)。

所長講演

CS 研山田武士所長による講演「あなたを・もっと・知りたくて〜AI で人に迫り脳科学で人を究める〜」ではNTT の発足およびCS 研の設立当時を振り返り、現在そして未来につながる基礎研究を紹介しました(写真1 )。
本講演では、人と人、あるいは人とコンピュータの「こころまで伝わる」コミュニケーションの実現をめざすCS 研のミッションとして、人間の能力に迫り、場合によっては凌駕するAI(人工知能)技術をさらに追求するのはもちろんのこと、人間の機能、特性を解明し、人間のことをよく理解すること、そのうえで人間に寄り添う技術の実現をめざすことの重要性を指摘しました。人との接触が大幅に制限され、対面コミュニケーションが希薄になりがちな今日の状況において、コミュニケーションにおける心のふれあいの本質を見極めることはなおさら重要な課題といえます。CS 研の最新のAI 技術を「音声音響処理で人に迫る」「言語で人を究める」「共感と『しあわせ』で人に寄り添う」の3 つの観点から紹介したうえで、CS 研はこれからもコミュニケーションの本質を追い求め、新たなチャレンジに大胆かつ粘り強く取り組んでいくことを宣言しました。

研究講演

研究講演では、CS 研の顕著な研究成果の中から特に注目度の高いテーマに関して、以下の講演を行いました。
①  「ご所望の声でコミュニケーション〜深層生成モデルが切り拓く音声変換の可能性〜」と題した田中宏(メディア情報研究部)による講演では、AI 分野で良く耳にする「深層学習」を音声情報に適用し、多様な音声変換を高品質に実現する技術を、多くのデモを交えて紹介しました。CS 研では、音声情報をコミュニケーションの重要ツールとしてとらえ、その変換技術では、 1 )高品質、 2 )少量データの学習で実現可能、3 ) リアルタイムに変換可能、 4 ) 声質・韻律・アクセントなど多様な特徴変換が可能、という4 点を特に重要な要件と考えています。このような音声変換技術の研究・開発を通じて、発声障がい補助、感情を含めた発話スタイルの変換、語学学習の発音・アクセント変換など、実社会への応用をめざしています(写真2 )。
②  「知覚心理学で探る皮膚感覚のしくみ〜指先の時空間情報処理〜」と題した黒木忍(人間情報研究部)による講演では、人が触覚を処理する情報処理について解説しました。人に触覚刺激を呈示して刺激の「タイミングや位置」を答えてもらう心理物理実験を行うと、実際に与えた刺激とは異なる回答結果を得るという不思議な現象が観察されます。脳は物理的な入力刺激を解釈することで錯覚を引き起こしますが、このような現象や錯覚を丁寧に紐解くことで、脳が触覚情報を処理するメカニズムを探っていきます。また、人の視覚情報処理系にヒントを得た手法に基づき、3D プリンタを用いて触覚刺激をデザインし、実際に生成するなど、先進的な取り組みについても触れ、 触覚科学の新しい方向性について説明しました(写真3)。
③  「言葉の難しさを測る〜テキストの難易度と人の語彙数の推定〜」と題した藤田早苗(協創情報研究部)による講演では、 「人の語彙力に関わる語彙数の推定方法」と「テキスト自体の難易度推定方法」を紹介しました。人の語彙数推定は、CS 研が20年以上前から調査、作成してきた単語親密度データベースに基づいています。令和に入り、16万語を超える語でデータベースをリニューアル、令和版語彙数テストも作成しました。 このテストは実際に体験いただくこともできます(2)。語彙数推定とテキストの難易度推定を組み合わせることで、個人に適した本を推薦するなどテーラーメイド教育支援をめざした取り組みについても紹介しました(写真4 )。
いずれの研究講演でも、研究の背景や全体像を述べたうえで、最新の研究成果と技術ポイントを分かりやすい例を交えて紹介しました。

研究展示

研究展示では、「データと学習の科学」「コミュニケーションと計算の科学」「メディアの科学」「人間の科学」の4カテゴリに関する最新成果31件について、会場での説明に向けたスライドに合わせて音声を録音した展示説明動画を作成し、配信しました(写真5 )。説明動画に加えて、Webサイト上での体験デモや、 体験型デモの動画など、工夫を凝らしたコンテンツを用意し公開いたしました。以下は、各カテゴリの展示名です。

■データと学習の科学( 6 件)

・ WWW 上のみんな、 オラに力を分けてくれ!
〜WWW 上のリソースを活用した機械学習用データ作成手法〜
・ システム障害を早期に解決する方法を見つけます
〜ニューラルネットを用いた障害復旧コマンドの生成〜
・ 都市における空間集約データの高解像度化
〜空間集約データを補間する多変量ガウス過程〜
・ データに適した異常検知器を高速に生成します
〜未知データセットのための転移異常検知法〜
・ 低い誤検知率で異常を検知
〜部分AUC 最大化のための半教師あり学習〜
・ そのデータ、本当に偏ってますか?
〜決定グラフを用いた組合せ的相関検定〜

■コミュニケーションと計算の科学( 8 件)

・ みんなが協力せず勝手に急ぐとどうなる?
〜混雑ゲームの均衡計算〜
・ 小さな窓から量子世界の全てをコントロール
〜量子系の間接的制御が持つ可能性を探る〜
・ 少量の追加データで作るカスタム機械翻訳
〜汎用対訳コーパスJParaCrawl を用いた機械翻訳の領域適応〜
・ こどもの感情発達レベルを測ります
〜表情・文脈・音声テストによる感情発達プロセスの解明〜
・ こどもの興味と発達に合わせて絵本を作ります
〜パーソナル知育絵本を用いた親子の絵本読み活動支援の試み〜
・ あなたの語彙数測ります
〜令和版語彙数推定テスト〜
・ 京町セイカがご案内!
〜地域連携で作るなりきりAI〜
・ こんなとき、あの人だったらどう思う?
〜人の個性を考慮した体験に紐づく感想生成技術〜

■メディアの科学( 8 件)

・ この声、何歳?
〜話者クラスタリングを用いた深層話者属性推定〜
・ ワイヤレスマイクを同時により多く使えます
〜ビット誤りに頑健で低遅延な音声音響符号化方式BRAVE〜
・ 聞きたい人の声に耳を傾けるコンピュータ(II)
〜音声と映像を手がかりとしたマルチモーダル選択的聴取〜
・ 顔で声の表情を制御する
〜クロスモーダル音声表情変換〜
・ 探し方を学びながら探す
〜適応的スポッティング法による効率的な物体探索〜
・ データを端末から漏洩させない分散深層学習
〜分散NW 上で機械学習をするための非同期合意形成技術〜
・ 心臓らしい心臓モデル
〜物理法則拘束付きガウス過程回帰を用いた心臓のモデル〜
・ あなたの鼓動に耳を澄ます
〜音響観測に基づく血流動態の解析〜

■人間の科学( 9 件)

・ ヒト知覚モデルで「自然な」錯覚をつくる
〜「不自然さ」予測に基づく「変幻灯」の視覚運動量最適化〜
・ 微小な眼球運動から垣間見る認知状態
〜眼球運動の動特性と認知タスク・瞳孔径の関係〜
・ 触ると似てしまうテクスチャ
〜3D プリンタを用いた触り心地を変えないテクスチャ変調〜
・ 情動はいつ変化するのか?どうやって測るのか?
〜実験室環境と日常生活における情動変化の計測〜
・ eスポーツ達人の脳力
〜パフォーマンス、身体の生理状態、脳活動の相互関係〜
・ ラグビースクラムのハーモニーを紡ぐ
〜ウェアラブルセンサを用いた選手間協調の簡便な評価〜
・ ストレートは“まっすぐ” か?
〜物理計測と知覚計測からピッチングを捉えなおす〜
・ 巧みで素早い運動を支える脳の中の身体表現
〜手の位置推定の不確かさは伸張反射を調節する〜
・ 意識より賢い無意識
〜環境に応じた顕在・潜在的視覚運動応答の調節〜

招待講演

今年は、東北大学・副学長の大隅典子先生にご依頼し、「〈個性〉を科学するためのチャレンジ」と題する寄稿・講演をいただきました。自閉スペクトラム症の方が、芸術や研究の分野などで天才的な技能・業績を残すことがよく知られています。先生の研究グループでは、神経発達障がいの方が示す「非定型発達」を〈個性〉としてとらえ、そのような「非定型さ」に関連する遺伝的・非遺伝的要因を、マウスをモデル動物として用いて研究されています。特に、 非遺伝的要因として、父加齢が仔マウスの鳴き声コミュニケーション発達に影響を与えることを発見され、 エピゲノム情報の変化に着目した分子メカニズムまで掘り下げた、最先端の研究成果を紹介いただきました。〈個性の科学〉はダイバーシティ社会を支える本質的なテーマです。 講演の最後には、「社会の在り方」から「人類の進化」に至るまで、壮大な議論を展開いただきました。

Webによる情報発信

CS 研の研究力・技術力の高さを国内外に広くアピールするため、当日の展示パネル資料を日本語と英語の両方でWeb サイトに公開することを毎年継続して行っています。本年は展示説明動画を事前に作成し、 YouTube 上で配信することとし、 各ページに埋め込んだコンテンツとして公開しました。講演映像についても同様に事前に作成した動画を YouTube 上で公開し、多くの方々にCS 研の最新成果を詳しく知っていただく機会を提供しています。

オープンハウスを終えて

2020年のオープンハウスは、研究所会場での開催は断念しましたが、 Web 公開により、YouTube 上での再生回数は合計1 万回を超え、さまざまな方々にCS 研の最新成果をご覧いただくことができました。展示会場でご説明できる以上の方々にご覧いただけたことになります。ご意見をいただく方法が、コメント機能やお問合せのメールに限られたため、例年どおりに議論させていただくことは難しかったのですが、開催後も長期間にわたって動画をご覧いただけていることは、大きな刺激となりました。本イベント開催に協力いただきました皆様に、心よりお礼を申し上げます。

■参考文献
(1) http://www.kecl.ntt.co.jp/openhouse/2020/
(2) http://www.kecl.ntt.co.jp/icl/lirg/resources/goitokusei/

(上段左から) 村松 純/ 澤山 正貴
(中段左から) 安部川 直稔/ 大國 智樹
(下段左から) 上田 大志/ 亀井 剛次

今後ともCS研の研究にご注目ください。

問い合わせ先

NTTコミュニケーション科学基礎研究所
企画担当
TEL 0774-93-5020
FAX 0774-93-5026
E-mail  cs-openhouse-ml@hco.ntt.co.jp