グローバルスタンダード最前線
ITU-Tにおける光ファイバの標準化動向および空間分割多重技術(SDM)の標準化に向けた取り組み
光ファイバの標準はITU-T(International Telecommunication Union Telecommunication Standardization Sector)勧告として制定されており、その内容についてはSG15(Study Group 15)にて議論され、光通信システムの進展に合わせて改訂されています。ここでは、公衆光通信網で用いられているシングルモード光ファイバ(SMF)のITU-T標準化動向および、SMFの通信容量限界を超えた超大容量伝送が可能と期待されている空間分割多重(SDM)用光ファイバの標準化に向けた取り組みを紹介します。
坂本 泰志(さかもと たいじ)/中島 和秀(なかじま かずひで)
荒木 則幸 (あらき のりゆき)
NTTアクセスサービスシステム研究所
はじめに
ITU-T(International Telecommunication Union Telecommunication Standardization Sector)では、通信ネットワークのシステム要求条件と機能、ならびに伝送特性の試験法を規定する標準文書(勧告)を制定しており、通信キャリアにとっての相互接続性とサービス品質の担保に大きく寄与しています。光通信システムの伝送媒体として用いられる光ファイバについては、ネットワーク内で複数の供給元からの光ファイバで構成され得ることから、その伝送特性および相互接続性の標準化が不可欠であるといえます。現在ITU-Tにて制定されている光ファイバ勧告の一覧を表に示します。光ファイバに関する新規勧告の制定、および既存勧告の改訂については、ITU-TのSG15(Study Group 15)(1) WP(Working Party)2 Question 5で議論されています。SMFの勧告は現在G.652〜G.657の6種が制定されており、システム動向に呼応した既存勧告の最新化が主要な論点となっています。また、光ファイバ勧告の改訂に合わせ、試験法勧告(G.650.1〜G.650.3)についても適宜改訂が行われています。補助文書(G.Supplementシリーズ)については、参考(非標準)文書ですが、ユーザにとって勧告を利用するにあたって有益な情報をまとめています。なお、光ファイバの標準についてはIEC(International Electrotechnical Commission)においても制定されていますが、光ファイバの光学互換標準はITU、製品規格はIECで所掌しており、ダブルスタンダードにならないよう連携して標準化が行われています。
シングルモード 光ファイバの標準化動向
表において、赤字で示しているのは近年活発に議論されている勧告です。G.652(シングルモード光ファイバ)は、全世界でもっとも普及している汎用SMFであり、G.657はG.652と同等の特性を有しつつ、低曲げ損失特性を有する光ファイバです。これら2つの光ファイバ勧告は、O〜L帯(1260〜1625 nm)での伝送を想定した光ファイバであり、アクセスから中継系といった広いアプリケーションで用いられています。一方で、光ファイバの低損失波長帯に限定し、C〜L帯(1530〜1625 nm)を伝送帯域とした長距離伝送用光ファイバ勧告G.654(カットオフシフト光ファイバ)があります。これらの光ファイバ勧告について、昨今の陸上・海底システムの大容量化に伴い、それらの要求条件に対応するための既存勧告の最新化が活発となっており、以降で標準化動向を紹介します。
■G.652/G.657標準化動向
ここでは、汎用SMFであるG.652/G.657の標準化動向を紹介します。光ファイバ勧告では、伝送特性として損失、モードフィールド径(MFD)*1、波長分散、曲げ損失などが規定されています。近年、伝送システムの高速化に伴ってより詳細なシステムの設計が必要となってきており、光ファイバの伝送特性においても同様に伝送特性の詳細化が必要となってきています。特に、大容量化に向けては波長分割多重(WDM)技術の利用は必須であり、光ファイバの各種特性の波長依存性の明確化が重要となっています。このような背景にかんがみ、汎用的に用いられているG.652のサブカテゴリD光ファイバ(G.652.Dファイバ)において、波長分散特性の詳細化が行われました。結果を図1に示します。図1(a)に示すとおり従来は、波長分散がゼロとなる波長(零分散波長)および、その波長における分散スロープ(波長分散の波長に対する傾き)の最小値・最大値を規定するのみでしたが、O〜L帯を連続的にカバーする波長分散の最大値・最小値の境界が規定されました。図1(b)にその最大値・最小値の境界を示した波長分散特性を示します。1260〜1460 nm、1460〜1625 nmのそれぞれの領域で最適な近似関数を用いて波長分散の上限と下限を規定しています。これにより、O〜L帯の全域において連続的に波長分散特性が規定されることとなりました。なお、G.652と同じ伝送特性を有することとされているG.657カテゴリA光ファイバについても上記の波長分散特性の規定が適用されています。
* 1 モードフィールド径(MFD):ファイバのコア領域を伝搬する光の広がりを示す値。 その値は接続特性に大きく関係し、MFD値が異なるファイバを接続すると接続損失が大きくなります。また、MFDが大きいとファイバ内の非線形現象の発生が低減され、伝搬信号光の信号対雑音比の改善に寄与します。
■G.654標準化動向
G.654は主に海底伝送システム用として制定された光ファイバ勧告です。その特長としては、光ファイバの低損失波長帯であるC〜L帯の利用を前提とし、汎用SMFよりも低損失かつ大きなMFDを有することです。図2にG.654の2つのサブカテゴリ光ファイバの損失とMFDの規定をまとめました。汎用SMFであるG.652.Dファイバと比較して低損失であり、MFDが大きいことが分かります。これは、海底伝送システムなどの超長距離伝送においては低損失特性および、MFD拡大による光ファイバの非線形性の低減が信号品質の向上(信号対雑音比の改善)に効果的だからです。G.654.Dファイバは、制定されているサブカテゴリの中でももっとも低損失かつ大きなMFDを有する光ファイバであり、大容量海底伝送システムでの利用を想定しています。一方で、陸上システムにおいても高速化が進み、特に基幹系ネットワークにおいて同様に低損失・低非線形性を有する光ファイバが求められています。そこで、G.654としては初めて陸上システムを想定したサブカテゴリE光ファイバ(G.654.Eファイバ)が2016年に制定されました。100 Gbit/sを超える大容量基幹系ネットワークでの利用を前提としており、汎用SMFより低損失特性を有し、異なるベンダプロダクトの相互接続を前提とし、MFD範囲を他のサブカテゴリと比較して狭窄化していること、および陸上システムで用いられているケーブルの適用を想定して汎用SMFと同じ曲げ損失特性を有していることが挙げられます。
■試験法勧告G.650.1の標準化動向
G.650.1では、各種光ファイバ勧告で規定されている線形パラメータ(損失、遮断波長など)の測定法が規定されています。本勧告においても、これまで述べた光ファイバの波長依存性の詳細化に対応して改訂が行われました。各種光ファイバ勧告では、波長帯域もしくは特定の波長における最大損失が規定されていますが、光ファイバの損失は波長依存性を有し、伝送システム設計においてはその依存性を把握することが重要といえます。G.650.1の損失特性試験法には、特定の波長における損失を測定し、その測定値を用いて特定の波長帯の損失を推定する試験法が存在します。その概要を図3に示します。a(λx)は波長λxにおける損失の測定値であり、複数の測定値a(λx)〜a(λz)と(推定波長数)×(測定波長数)の行列を用いてその他の波長における損失を推定する手法であり、図に示す3つの波長における推定例から分かるとおり、限定された測定値から広い波長帯の損失値を簡易に推定できます。行列の値についてはプロダクトによって異なり、精度良く損失を推定するために3〜5の測定値を用いて光通信波長帯(例えばO〜L帯)の損失推定が行われます。近年勧告化されたG.654.Eファイバにおいても、G.652と同様に陸上伝送システムを設計するにあたり損失の波長依存性を把握することは重要であり、C〜L帯の推定において2波長の測定値に基づく推定の適用性が確認され、その結果を2020年の勧告改訂で反映しました。
以上、SMFの標準化動向としては、伝送システムの高速化に対する光ファイバの伝送特性の詳細化が主な方向性であり、今後もさらなる伝送システムの高速化に従って各種勧告の改訂が検討されるものと思われます。
SDM技術標準化に 向けた取り組み
通信容量は年率数10%で増加し続けており、2020年代にはSMFの容量限界が顕在化するといわれています。このような背景からSDM技術は次世代の通信技術と位置付けられ、近年盛んに検討されています。SDM伝送用光ファイバの概要を図4(a)に示します。大きく分類すると、ファイバ内に複数のコアを有するマルチコアファイバと、コア内に複数のモードが伝搬する数モードファイバがあります*2。それぞれ、複数のコア/モードを用いて複数の信号を並列伝送することで、SMFでは実現できない大容量伝送が実現できると期待されています。SDM伝送用光ファイバの実用展開に向けては、SMFと同様にITU-Tにおける標準化議論が必須と考え、2020年1月のITU-T会合においてSDM伝送用光ファイバ・ケーブルの技術レポート(TR.sdm)の作成検討開始を提案し合意されました。現状では文書の内容は議論中ではありますが、光ファイバのみならず、ケーブル・接続・敷設技術などの周辺技術全般を含む方向で進んでいます。本技術レポートにおける主な議論ポイントは、SDM技術の適用アプリケーションと効果、SDM技術の概要と分類です。SDMの適用アプリケーションや適用効果に関して共通の認識を得ることが重要であるとされ、特に図4(b)に示すような、SMFを用いて同じく空間領域で多重数を向上させる高密度ケーブルや細径被覆光ファイバといった広義のSDM技術との比較も必要とされています。2番目は、SDM用光ファイバの分類と特長の議論です。これまで多種多様なSDM用ファイバが提案されていますが、現状はMCFとFMFをベースに分類することとし、それぞれに対して規定すべき特性パラメータや試験法について今後議論が進むものと思われます。
以上、SDMに関する技術レポートは2022年での制定を目標に議論が進んでいます。国内においては、本取り組みに先んじてSDM技術の標準化を見据えた各種関連技術の現状と課題について議論がなされ、一般社団法人情報通信技術委員会(TTC)が発行する技術レポートTR-1077〔空間分割多重(SDM)技術に関する技術レポート〕としてまとめられています(2)。
* 2 伝搬モード:ファイバのコア領域を伝搬する光の伝搬状態により規定されるもの。 SMFでは一種類のモードのみが伝搬可能。
今後の展開
ITU-TにおけるSMFの標準化は既存勧告の改訂が中心であり、今後も100Gbit/s超の伝送システムを前提としたSMFの伝送特性の詳細化について議論されると思われます。SDM伝送用光ファイバの標準化については、2022年に制定予定のSDMに関する技術レポートが、以降のSDMファイバ勧告制定に向けての大きなステップとなると考えられます。なお、IECにおいては、ITU-TのSDM技術の標準化に向けた取り組みと協調して、MCFコネクタおよびSDM増幅器に関する議論が進んでおり、周辺技術を含めてITU-TとIECが連携してSDM技術の標準化が進むことが期待されます。
■参考文献
(1) https://www.itu.int/en/ITU-T/studygroups/2017-2020/15/Pages/default.aspx
(2) https://www.ttc.or.jp/document_db/information/view_express_entity/1238