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特集

現実世界(ヒト・社会)とサイバー世界の新たな共生に関する革新的研究開発

ヒトと社会のデジタル化世界を創造するデジタルツインコンピューティング構想の実現へ向けた研究開発

デジタルツインコンピューティング研究プロジェクトは、NTTが推進するIOWN(Innovative Optical and Wireless Network)構想の主要な構成要素である「デジタルツインコンピューティング(DTC)構想」の実現をめざすプロジェクトです。私たちは、その目標として4つのグランドチャレンジを掲げ、それぞれの実現に向けた研究開発を行っています。本稿では、各グランドチャレンジの概要と実現するための技術について述べます。また、グランドチャレンジ横断での活動について解説します。

北原 亮(きたはら りょう)/倉橋 孝雄(くらはし たかお)
西村 徹(にしむら とおる)/内藤 一兵衛(ないとう いちべえ)
徳永 大典(とくなが だいすけ)/森 航哉(もり こうや)
NTT人間情報研究所

デジタルツインコンピューティング構想実現に向けたグランドチャレンジの設定

NTTが掲げるIOWN(Innovative Optical and Wireless Network)構想(1)の主要な構成要素として「デジタルツインコンピューティング(DTC)構想」があります。これは、実世界におけるモノ・ヒト・社会に関する高精度なデジタル情報を掛け合わせることにより、従来のICTの限界を超えた大規模かつ高精度な未来の予測・試行や、新たな価値を持った高度なコミュニケーションなどの実現をめざすものです。それによって、世界中のさまざまな社会課題の解決や革新的サービスの創出を通じ、スマート社会の実現を加速します。
DTC構想の実現に向けて私たちは、実現目標として4つのグランドチャレンジ(「感性コミュニケーション」「Another Me」「未来社会探索エンジン」「地球規模の包摂的循環シミュレーション」)を設定し、2020 年11月に報道発表を実施(2)、グランドチャレンジごとに具体的な検討を開始しました。本稿ではグランドチャレンジの概要、それを実現するための技術開発、今後の目標などを紹介します。また、最後にグランドチャレンジの実現加速のための横断的活動について述べます。

感性コミュニケーション

「感性コミュニケーション」とは、言語や文化の違いだけでなく、経験や感性などの個々人の特性の違いを超えて、心の中のとらえ方や感じ方を直接的に理解し合える新たなコミュニケーションの実現をめざす研究開発目標のことです。
本目標の実現に向けて、「感性モデリング技術」「感性変換提示技術」「状態変容・環境構築技術」の3つの技術を中心に研究開発に取り組んでいます。「感性モデリング技術」は、生体信号や画像、音声などのセンサ情報から、心の中のとらえ方や感じ方といった感性のコミュニケーションにおける表現を推定する技術です。「感性変換提示技術」は、個人ごとに異なる感性のコミュニケーションにおける表現を、コミュニケーション相手に適応したかたちで変換・提示するための技術です。「状態変容・環境構築技術」は、コミュニケーションにおいて交換される情報そのものではなく、受容性などの人の内面やコミュニケーションの場などに介入することで、心の中でのとらえ方や感じ方の変化を促すための技術です。
本研究開発目標の達成により、従来のコミュニケーションで課題となっていた「ディスコミュニケーション(意思疎通の断絶)」や「ミスコミュニケーション(相互理解の不全)」を解決し、言語・文化・経験・価値観・知覚・感性の違いを超えて、相手の心の中の物事のとらえ方や感じ方を我が身においてリアルに、かつ直接的に理解し合える新たなコミュニケーションのステージを実現します。そして、心理的安全性の向上や、相互理解のさらなる促進により、多様な特性を持つ人々が、その多様性を活かしながら共に活動し刺激・成長し合える包摂的な社会をめざします(図1)。

Another Me

育児や介護と仕事の両立が困難となる状況や、関心や意欲があっても社会参加できないなど、人生におけるさまざまな機会の損失が社会課題となっています。活動範囲が現実世界から仮想世界へと拡大・融合する中で、人が活躍し成長する機会を飛躍的に増すために、現実世界の制約を超越して本人として活動し、活動の結果を本人自身の経験として共有できる、デジタルのもう1人の自分である「Another Me」の実現にチャレンジしています(図2)。主な取り組みは以下の3つです。
① 現実世界の制約の超越:人生における機会を狭めている時間・空間・能力の制約の超越のため、ユーザ自身としての活動をAnother Meが自動的に代理で実施できる自律エージェント技術、およびユーザから遠く離れている、あるいは障がい・加齢等の能力的な問題を解消するテレプレゼンス・身体拡張技術の確立
② ユーザの主体感の醸成:Another Meの活動を自身がなしたことのように感じ、達成感や成長を体験するための心理的なテレポーテーションやフィードバックを実現する経験転写技術、およびユーザ自身が活動したと自他ともに認められるよう、日々変化する本人像を継続的に学習し、価値観や性格などの個人性を表出するヒトDT(デジタルツイン)構築・成長技術の確立
③ 社会受容性研究:Another Meの社会浸透に向けた、自分というもののとらえ方をも踏まえた哲学、倫理、法的課題の検討
これにより、人生におけるさまざまな機会をとらえ、心の豊かさや健康、生きがいを向上させると同時に、多くの成長機会を得ることでAnother Meの経験も自身のものとして成長することで、自己実現を加速します。

未来社会探索エンジン

社会構造の複雑化、自然災害等の不確実な事象の増加により、個人の行動・協力が社会や自然環境に与える影響、また、それによる個人への還元がみえにくくなっています。そこで私たちは、自然と共生する社会・生活のあり方を探索可能とするため、人々が活動する社会を「環境」「都市」「人」の層でとらえ、これらをデジタルツインで表現するとともに、この多層的な社会の変容をシミュレーションする未来社会探索エンジン技術の研究開発を進めています。
未来社会探索エンジンの実現に向けては、これまで取り組んできた時空間データ管理技術などの基盤技術を応用することで、センシングにより取得可能な現実世界のデジタルツインをリアルタイムに構築し、世論や個人の意識といった抽象的な情報をモデル化する技術と、それを都市・環境のシミュレーションと掛け合わせるシミュレーション基盤技術を研究開発しています。これにより社会のデジタルツインを駆動させさまざまな未来シナリオの提示や、理想的な社会像から逆算した現在とるべき打ち手の候補の提示を実現します。
未来社会の姿をさまざまなかたちで見える化することで、行政や企業経営側だけでなく地域社会の住民や個々人も同じ未来像を見ることにより、さまざまな連帯を強めていくことができると考えています。また、個人が望む社会を実現するための行動・協力を主体的に考えながら探し出し、自発的な活動を促せるようになる世界をめざしていきます(図3)。

地球規模の包摂的循環シミュレーション

現在地球規模で進行中の気候変動と社会的危機をかんがみ、地球の自律平衡性を維持できる経済および社会システムの再構築の議論が始まっています。これは不確実性の高い問題であるため、複数の選択肢・シナリオを用意し包括的アプローチを検討、実施することが重要です。そこで私たちは、環境・生態系・エネルギー・経済システム・人間社会等、地球を構成する多くの異なるシステムについて変化と相互に及ぼす影響(連鎖反応)をとらえ、いずれも臨界点を超えて崩壊することなく平衡状態を維持できる自律平衡性を保つための、エネルギー・経済システム・人間社会の変容に関する選択肢を提示することにチャレンジしています。
私たちはまず、気候・水循環の変化に対応したエネルギー供給と、経済システム・人間社会を題材にして実現するために、①多種多様な事象のモデル群を大規模に連成させモデル間の連鎖反応をシミュレートする大規模マルチモーダル技術、②環境や経済システムのシステム間連成を考慮し地球規模で設計するモデリング技術、③自律平衡性の重要指標とそれらの局所解を求める手法やシナリオごとの指標値群の評価手法の研究開発、に取り組んでい
ます。
これにより、現実世界の地球規模の多様な複雑な事象を、大規模な多種多様なモデルを連携させて地球規模で包摂的に循環シミュレーションし、変容に関する複数の選択肢を示すことが可能となります(図4)。

グランドチャレンジの実現加速のための横断的活動

グランドチャレンジ実現のための技術開発は多方面にわたるため、グランドチャレンジ横断で一体感のある展開活動を行っています。ここでは①DTC Reference Modelの作成、②パートナーとの連携、③標準化活動の3つの活動を紹介します。
① DTC Reference Modelの作成
プロジェクト横断で技術成果を取りまとめたドキュメントであるDTC Reference Modelの作成については、4つのグランドチャレンジを横通しで俯瞰しつつ、DTCに共通的なデジタルツインの概念をドキュメント化し、研究所内外に公開しています(3)。このドキュメントでは、デジタルツインの定義やヒトデジタルツインの構成などについて、現在DTC研究センタで検討している概念的な構造を記載しています。このような公開情報を通じ、共通のビジョンを持つパートナー企業などとの議論を一層進め、より本質的なDTCの概念を共同で探索していくことを目標としています。今後は、DTC研究センタで生み出される研究成果も追加し、より完成度の高いリファレンスドキュメントとしていくことをめざします。
② パートナーとの連携
次にパートナーとの連携によるグランドチャレンジの研究開発加速については、DTCの研究開発の加速につながる外部パートナーの探索と、連携体制の構築に尽力しています。グランドチャレンジによって必要とされる技術領域は異なりますが、人間の感情・行動を理解するAI(人工知能)技術からスマートシティのデジタルツイン構成技術まで幅広い分野を対象に、大学・研究機関・ベンチャー企業などを含め幅広くパートナリングを図っています。デジタルツインの分野は比較的新しいと同時に、XR(Extended Reality)などの仮想現実やデジタルヒューマンといった幅広い技術領域ともつながっているため、数多くの興味深い技術を持ったベンチャー企業が育ちつつあります。そのような企業とパートナーシップを結び協力していくことで、研究開発を加速させ、いち早く技術を具現化することが可能となると考えています。
③ 標準化活動
最後にグローバルでのDTCの共通化と普及をめざす標準化活動については、DTCのビジョンや研究成果をグローバルな場で可視化していく活動を進めています。具体的には、2020年に設立されたDigital Twin ConsortiumやIOWN Global Forumに参画し、DTCのビジョンやグランドチャレンジについての寄書や発表を行っています。これにより、NTTのデジタルツインの分野におけるプレゼンスを示すと同時に、DTCの実現に向けて協力できるグローバルパートナーとのデジタルツインにかかわる技術の標準化活動を進めています。

■参考文献
(1) https://www.rd.ntt/iown/0001.html
(2) https://group.ntt/jp/newsrelease/2020/11/13/201113c.html
(3) https://www.rd.ntt/_assets/pdf/iown/reference-model_en_2_0.pdf

(上段左から)北原  亮/倉橋 孝雄/西村 徹
(下段左から)内藤 一兵衛/徳永 大典/森 航哉

デジタルツインコンピューティング研究プロジェクトでは、DTC構想の実現に向けて、企業間連携も積極的に推進しながら研究開発を進めていきます。

問い合わせ先

NTT人間情報研究所
デジタルツインコンピューティング研究プロジェクト
E-mail dtc-office-ml@hco.ntt.co.jp