特集
NTTライフサイエンスがめざす遺伝子検査の新たな取り組み
- Genovision®
- 遺伝子検査
- ヘルスケア・メディカル
昨今、世の中では劇的に技術革新が進む遺伝子技術のヘルスケア・メディカル分野への活用が注目されています。NTTライフサイエンスの提供する「Genovision®」も遺伝子検査数が5万人を超えた状況です。検査結果は、個々人の体質(リスク)に基づき、最適な人間ドックのオプション検査をレコメンドする「スマート検診」など、予防医療に向けた活用も期待できます。本稿では、NTTライフサイエンスがめざす新たな遺伝子検査サービスについて紹介します。
吉田 英樹(よしだ ひでき)/瀬山 倫子(せやま みちこ)
山崎 孝博(やまざき たかひろ)
NTTライフサイエンス
増大する日本の医療費
2019年度の医療費は44兆円を超えて増え続けており、人口1人当りにすると35万1800円にも達します(図1)。
日本では、2025年に「団塊の世代」がすべて75歳以上の後期高齢者となります。国民の5人に1人が75歳以上になるという世界に類をみない高齢化を背景に、医療や介護、社会保障など、さまざまな面に深刻な影響が及ぶと考えられています。2018年の政府推計では、医療・介護給付費は2040年に向けて経済成長を上回るペースで増加する見通しとなっています(1)。現役世代の人口減少が続く中で、医療・介護給付費の増加に歯止めがかからなければ、現役世代の1人当りの保険料負担の増加が加速していくことも懸念されます。
社会保障制度の持続性や社会経済の成長のためにも、ヘルスケア・メディカル分野ではこれまでにない先進的な取り組みが必要とされています。
NTTグループでは、ヘルスケア・メディカル領域として、データ活用によるヘルスケアや医療のDX推進と、データドリブンでの医療高度化の支援により、Well-beingな社会につながるSmart Healthcareの実現に取り組んでいます。そのような社会の実現に向け、「予防・診察・診断・治療・予後管理に至る医療バリューチェーンのデジタライゼーション」「データドリブンによる医療の高度化」という事業ビジョンに基づき、良質で大量なライフコースデータの取得・分析・活用を加速し、最適なプレシジョンサービス*1の提供および支援を専門に推進する事業会社が必要となってきました。
*1 プレシジョンサービス:個々人に個別化・最適化されたサービスのこと。
NTTライフサイエンスの設立
NTTライフサイエンスは、「ICTで、医療の未来を創造する」を企業理念に掲げ、2019年7月に設立されました。遺伝子検査から得られるゲノム情報に人間ドックなどで取得するヘルスケアデータ(検査結果・問診結果)を掛け合わせ、個人ごとの体質に応じた生活習慣改善のアドバイスを提供することで、企業の健康経営や社員の皆様のWell-beingに貢献する「Genovision®(ゲノビジョン)」(2)を展開しています。現在では、受検できる医療機関を全国57施設に拡大し、2022年11月末で5万人以上の方に受検していただいています。
NTTおよびNTTライフサイエンスでは、個々に最適化されたアドバイスの提供に向けて、東京大学医科学研究所とゲノム情報やヘルスケアデータを用いた「新たな予防アルゴリズム開発」の共同研究を行っています(3)。また、ゲノム情報やヘルスケアデータなどを健康ビッグデータとして活用することにより、さまざまな健康関連サービスを提供する企業などを対象に、研究開発プロセスにおけるデータ解析やエビデンス構築の支援に取り組んでいます。
「Genovision®」の概要
Genovision®では、遺伝子検査サービス「Genovision Dock®」、生活習慣の改善支援サービス「Genovision Action®」、企業向けの健康経営コンサルティングサービス「Genovision Insight®」の3つのサービスを提供しています(図2)。
Genovision Dock®は、人間ドックなどの際に血液を採取(唾液による検査も2022年3月より一部で開始)し、遺伝子検査を通じて約90の病気の罹患リスクや体質の傾向などのレポートを提供し、さらに生活習慣改善の予防法などの情報提供を行うサービスです(4)。現在ではNTTグループ社員のほか、連携医療機関を通じて人間ドックなどを受診する一般の方にも受検していただけるようになりました。
Genovision Action®は、Genovision Dock®の結果を基に、生活習慣の改善をサポートするサービスです。利用者の実際の行動変容を促すべく、健康状態や活動量をデータ化し、適切なアドバイスを行います。
Genovision Insight®は、企業向けのコンサルティングサービスで、企業で働く社員の健康実態や統計的傾向を踏まえたレポートを提供するとともに、社員の健康リテラシー向上施策の支援などを進め、健康経営の推進をサポートします。
遺伝子検査サービス「スマート検診」に向けた取り組み
人間ドックを含む健康診断は、原則として同じ集団には同じ検査項目であり、実施年齢等のタイミングも画一的となっています。特定健診において特定保健指導の対象となる判断基準については、厚生労働省の標準的な健診・保健指導プログラムなどで、その基準が定められています(5)。
しかし、本来は、本人の体質等を踏まえて、適切なリスク評価のうえで必要な検査項目を必要なタイミングで実施するなど個人ごとに最適化できると考えられます。日常生活へのアドバイスに置き換えると、例えば「塩分を抑えた食事」「1日20分の運動」といった一般的なアドバイスではなく、その方自身のヘルスケアデータやライフスタイルを把握し、「あなたの場合はこのような対策が望ましい」と伝えることがより効果的であると考えられます。実際に、血圧やコレステロールなどが高くても脳梗塞を発症しない人がいる一方で、血圧やコレステロールなどが上がることに対して十分留意して抑制しても発症する方もいます。このようなケースにおいて遺伝子検査結果の体質(罹患リスクの高低)のデータ分析を活用することで、本人にとって最適な健診などのプログラムを提供できる可能性があります。適切な検査を受検し、毎年の受検が必須ではない検査(本人にとって発症リスクの低い疾病に関する検査)を減らすことで本人の負担軽減につながるとともに、疾病などの早期発見の実現に寄与するサービスになると考えられます。
「スマート検診」は、従業員の健康づくりをGenovision Dock®の検査結果などのエビデンスに基づき支援することで、本人の健康増進、企業・健康保険組合の健康経営の推進、医療機関の医業経営への貢献・受検者の継続受検に寄与することが期待される三方よしのモデルをめざします(図3)。
① 従業員にとっては、自身の罹患リスクに応じた最適な検査をレコメンドされることで、健康増進・健康寿命延伸が実現、また適切な検査を受検し毎年の受検が必須ではない検査を避けることで、自身の負担軽減が期待できること。
② 企業・健康保険組合にとっては、従業員の早期罹患リスク管理により安定した継続勤務が確保され健康経営の促進に加え、高額な医療費が発生する疾患の早期発見が期待できること。
③ 医療機関にとっては、健診受検者の継続的な受検に加え、オプション検査増加による収益面などでの経営改善が期待され、また必要な検査を必要な方に適切なタイミングで受けてもらうことで予防医療の取り組みができること。
このサービスモデルの要諦は、遺伝子検査という客観的な事実を本人に提示することにより、適正に罹患リスクを把握し、合理的な行動を促す効果が期待できる点です。オプション検査を「受検」するという選択を目標行動とし、ナッジなどを意識したレコメンドメッセージにより、無理なく、自らで考え、必要なオプション検査を進んで受検いただくことをめざして、検討を行っています。
遺伝子検査サービスに向けた研究開発
NTTライフサイエンスは、科学技術振興機構(JST)未来社会創造事業「Human Centric デジタルツイン構築による新サービスの創出」領域で2021年度より採択されている研究である「多層的生体情報の統合による疾患予防システムの構築」(代表:東京大学医科学研究所・村上善則教授)にも参加しています。本テーマでは、遺伝子、オミックス*2、健診データ、生活習慣情報などを統合してバイオデジタルツインTM化し、疾患リスクの予測アルゴリズムの開発と実用化をめざしています。
この研究の重要な要素の1つにNTTライフサイエンスが担当する遺伝子情報と健診データを主とする企業コホートがあります。日本国外では疾病に応じたコホートが数多く存在しますが、健康診断が日本独自のシステムであることから、世界的に稀な健常人コホートを保有することになっています。バイオデジタルツイン構築をめざす研究では疾患を発症する前の情報も重要であり、現在、東京大学医科学研究所とともにNTT物性科学基礎研究所も参画し、従来の単一遺伝子(SNP)解析のみでは得られない多数の遺伝子から疾患リスクを予測するポリジェニックリスクスコア(PRS)などを活用した最新の疾患リスク予測の研究を行っています。
今後、これら最新リスク情報などを研究趣旨に賛同いただいた参加者へ提供し、さらに参加者からはアンケートなど回答いただくかたちの双方向のコミュニケーションが成立する企業コホートの確立に向けて研究を進めていきます。
NTTは、2022年8月8日、ジェネシスヘルスケア株式会社と資本業務パートナーシップの構築について発表しました。ジェネシスヘルスケアは、日本における遺伝子検査・研究のパイオニアであり、直近では日本初の全ゲノム解析(WGS)を駆使した商品を発表するなど、グローバル基準のサービスを展開しています。NTTライフサイエンスも、Genovision®の展開を進めながら、ジェネシスヘルスケアと相互の知見や最新技術を活用し合い、健康長寿社会に貢献する新たなサービス創出に向けてさらに取り組みを加速していきます。
そしてNTTライフサイエンスは、ゲノム情報を核としたパーソナルデータのプラットフォームを構築し、あらゆる企業に活用いただくことで、企業の提供価値の向上および個人の健康増進に貢献していきます(図4)。
*2 オミックス:遺伝子の発現をさまざまな条件下で計測しながら未知の遺伝子機能や生体システムの特性の理解をめざす学問分野。
これからの医療
昨今、遺伝子技術はめざましい発展をみせています。膨大な遺伝子情報の解析、さらにそれをライフログなどの情報と組み合わせたヘルスケア・メディカル領域への活用には世界が強く注目をしており、将来的には関連市場の規模拡大も期待されます。NTTライフサイエンスは、ヘルスケア・メディカル事業を通じたWell-beingな社会への貢献をめざし、NTTグループならびに産官学の多様なパートナーの皆様と連携しながら、医療分野に加えて、スポーツ、薬剤、健康食品など幅広い分野も視野に、最先端の遺伝子技術を活用した新たなサービス創出に向けてチャレンジしていきます。
■参考文献
(1) https://www.keidanren.or.jp/policy/2021/091_honbun.pdf
(2) https://www.ntt-lifescience.co.jp/service/
(3) https://www.ntt-lifescience.co.jp/news/files/20211026_01.pdf
(4) https://www.ntt-lifescience.co.jp/news/files/20200928_01.pdf
(5) https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000194155.html
(左から)吉田 英樹/瀬山 倫子/山崎 孝博
問い合わせ先
NTTライフサイエンス
プレシジョンサービス部
TEL 03-6738-3316
E-mail nttlsc-ba-sl-ml@ntt.com
NTTグループが実現をめざすバイオデジタルツインを支える根幹の情報として、遺伝子情報があります。これを活用した新たなビジネスモデルの創出に向け、課題を解決しながら、ヘルスケア・メディカル事業で貢献していきます。