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グローバルスタンダード最前線

ITU-T SG21最新動向

ITU-T(International Telecommunication Union Telecommunication Standardization Sector) SG(Study Group)21 WP(Working Party)1、2、4およびその配下のQ(Question)の中間会合が2026年3月16~20日にかけてスイスのジュネーブにて開催されました。本稿では会合概要を紹介するとともに、NTTドコモとNTTが共同で提案を進めてきた一人称ILE(First-person Transfer Immersive Live Experience)に関する勧告(ITU-T H.430.9)の完成が合意されましたので、その内容を紹介します。

長尾 慈郎(ながお じろう)✝1/石川 博規(いしかわ ひろのり)✝2
NTT人間情報研究所✝1
NTTドコモ✝2

ITU-T SG21の概要

ITU-T(International Telecommunication Union-Telecommunication Standardization Sector) SG(Study Group)21 (Technologies for multimedia、content delivery and cable television)は、以前のSG16(Multimedia and related digital technologies)とSG9 (Broadband cable and TV)が合併して誕生しました。IP網およびケーブル網を含む、現在および将来のネットワークにおけるマルチメディアに関する技術、システム、アプリケーション、サービスの検討を担当しています。図1にSG21を中心にITU-Tの体制図を示します。ITU-Tは2023年から日本の尾上誠蔵氏が局長を務めており、その配下に10のSGがあります。SGはさらにWP(Working Party)、Q(Question)へと分割され、WP4のQ8のアソシエイトラポータ(副リーダに相当)の1人を筆者の長尾が務めています。

SG21 WP1、2、4中間会合

SG21 WP1、2、4およびその配下のQの中間会合が2026年3月16~20日にかけてスイスのジュネーブにて開催されました。22カ国から150人が参加し、12の勧告の完成が合意されました。表に今回の中間会合で合意された勧告の一覧を示します。
中でもH.430.9は、NTTドコモとNTTが共同で提案を進めてきたILE(Immersive Live Experience)における「一人称ILE」に関する勧告ですので、本稿では本勧告の概要を紹介します。

ITU-T H.430.9

NTTグループでは、遠隔地での出来事(イベント)があたかも目の前で起こっているかのように高い臨場感をもって体験できる、Immersive Live Experience(超高臨場ライブ体験)に関するITU-T国際標準の策定に、基本3勧告(H.430.1、H.430.2、H.430.3;2018年)から一貫して積極的に取り組んできました。その後もILEに必要な情報を伝送する方法(H.430.4)、視聴覚に関する規定(H.430.5)、触覚に関する規定(H.430.6)等を標準化してきています。今回合意されたH.430.9(An architectural framework for first-person transfer immersive live experience)は、「一人称ILE」を規定しています。
これまでのILEは、イベントの観客の1人としてイベントを体験する形態について規定していました。一方で一人称ILEでは、イベントの登場人物の1人(スポーツ競技なら選手、ピアノコンサートならピアニスト)の感覚を体験する形態について規定しています。音楽コンサートを例にとると、従来のILEでは聴衆の1人として体験するのに対して、一人称ILEのではあたかもピアニストになり切ったかのように、ピアニストの視点でピアノの鍵盤や楽譜を見ることができます。また、H.430.6の触覚に関する技術を適用すれば、ピアノを弾く際の指の感覚まで体験することも可能となります。図2に従来のILEと一人称ILEの違いを概念図で示します。
さらにH.430.9では、人によって感覚の受け取り方が異なることへの対応も規定しています。例えば同じ強さの触覚刺激であっても、感覚が鋭敏な人には強すぎるかもしれませんし、人によっては弱すぎるかもしれません。体験する人の感度に合わせて刺激の強さ等を調整することにより、体験者全員が同じ感覚を共有できるようになります。
図3に一人称ILEの実装例を示します。この例はNTTドコモによって展示された概念実証機であり、半球状のデバイスにより触覚を再現することにより映画の中のキャラクターになったかのようにより深く映画に没入する体験が可能です。本実装例でも、触覚刺激は体験者の触覚の感度に合わせて強さを調整して提示されました。

今回の中間会合で合意されたその他の勧告

本中間会合では、その他にも以下の勧告の完成が合意されました。概要とともに紹介します。

■J.154(ex J.ibs-req) Functional requirements for IP broadcast services in cable television by using multiple-input-multiple-output(MIMO) in IMT-2020 system

IMT-2020システムの機能の1つであるMIMO(Multiple-Input Multiple-Output:多入力多出力)技術を活用した、ケーブルテレビ向けIP放送サービスの機能要件を規定しています。
この勧告により、利用可能な周波数帯域が限られている環境においても、IMT-2020システム上で放送サービスとデータ通信サービスの双方を提供するケーブルテレビサービスの実現性が高まります。

■F.780.9(ex F.HPP-Req) Requirements and framework for the digital health portrait platform

病院に導入されるデジタルヘルスポートレートプラットフォームに関する技術要件、参照フレームワーク、および代表的な適用シナリオについて記述しています。
また、健康属性情報の抽出および管理、デジタルヘルスポートレートの構築プロセスと実運用への適用方法を示し、世界中の病院医療従事者に対して、包括的な健康リスク評価、タイムリーな健康モニタリング、および補助的な診断支援を提供します。

■F.740.14(ex F.DC-CPA-RA) Requirements and reference framework for cloud performing arts system

クラウド・パフォーミングアートは、デジタル技術によって実現される新しい芸術形態であり、従来の舞台芸術が持つ物理的制約を超えて、芸術表現のデジタルトランスフォーメーションおよびオンライン配信を可能にするものです。
ポストパンデミック時代の進展に伴い、エンタテインメント業界におけるクラウド型公演への需要はますます高まっており、新たなサービスモデル、全体を網羅するサービスプラットフォーム、および中核技術基盤の構築が急務となっています。
本勧告は、クラウド・パフォーミングアートシステムに関する要件およびフレームワークを規定するものであり、データ取得、クラウド制作、クラウド・パフォーミングアート資源プール、ならびにユーザ体験の4つの中核要素を含みます。

■F.740.15(ex F.CDSS-RF) Requirements and framework for cultural data sharing system

文化データ共有には、収集・処理、取引・流通、伝送・保存、さらにはデータガバナンスなど、多様な段階において複数の関係者が関与しており、それらはすべてマルチステークホルダーによる共同ガバナンス環境の下で運用されています。このような環境において文化データ共有の課題をどのように解決するかは、文化デジタル化分野におけるすべての関係者に共通する重要課題となっています。
本勧告は、文化データ共有システム(CDSS:Cultural Data Sharing System)のフレームワークおよび機能要件を規定しています。CDSSは、データ識別およびアドレッシング技術に基づいて文化データ共有を実現するものであり、文化データの識別子およびメタデータはCDSSを通じて伝送される一方、元の文化データ自体をシステムへアップロードする必要はありません。これにより、資産としての文化データを柔軟かつ迅速に流通させることが可能となり、文化データ共有の実現という目的を達成できます。

■F.748.54(ex F.FDHC) Framework and requirements for digital human customization

デジタルヒューマンに関するサービスおよび技術の進展に伴い、多様なデジタルヒューマンコミュニケーションサービスの利用シーンから、デジタルヒューマンのカスタマイズに対する要求が高まっています。これらの要求にこたえるため、本勧告は、サービス利用者のニーズに適合するデジタルヒューマンを生成・制御するための、デジタルヒューマンカスタマイズのフレームワークを規定しています。デジタルヒューマンは実在の人間と類似した特性を有することから、その特徴は人間の特性に基づいて記述されます。また、本フレームワークに含まれる抽出器や生成器などの各モジュールは、それぞれデジタルヒューマンの特徴情報を出力および入力として利用します。

■F.749.20(ex F.RHUD-IV) Requirements for Head-up Display Interface for Intelligent Vehicle

ヘッドアップディスプレイ(HUD:Head-Up Display)は、もともと航空分野において航空機情報をフロントガラス上に投影するために開発された技術であり、運転効率の向上に大きく寄与することから、自動車分野にも導入されています。
しかし、車載用途におけるHUDの利用には、表示情報の種類、優先度、表示形式、色、フォントサイズ、情報配置などに関するさまざまなユーザ体験上の課題が存在します。
本勧告は、HUDに関する一般的な要求事項を規定するとともに、HUDインタフェースを通じて情報を効果的に提示するための設計ガイドラインを提供します。
要求事項は、車載HUD技術の体系的な実装を促進し、調和の取れた設計手法の普及を図るとともに、将来の車載HUD設計に向けた参照フレームワークとして活用されることを目的としています。

■F.740.13(ex F.NRCRS-FAR) Architectural framework and requirements of non-realtime cloud rendering

本勧告は、非リアルタイム型クラウドレンダリングシステムのアーキテクチャフレームワークおよび要求事項を規定しています。本フレームワークおよび要求事項を適用することにより、産業界において、より包括的な非リアルタイム型クラウドレンダリングシステムの構築を支援し、レンダリング効率の向上、大幅なコスト削減、および非リアルタイム型クラウドレンダリングの利点を最大限に活用することが可能となります。

今後の展望

ILEに関連するITU-T勧告の検討は、AR(Augmented Reality)を活用してILEの移動性、協働性、インタラクティブ性を高めるH.ILE-ARや、3次元モデルを用いてILEを実現するH.ILE-3DITなど、さまざまな勧告案の検討が進められており、今後も広がっていくことが期待されます。また今回完成したH.430.9で規定された一人称ILEに関連するユースケースについては、人間拡張コンソーシアムにおいてもさまざまな検討が進められており、その検討結果は白書として取りまとめられ公開されています(1)
遠隔地の出来事を身近に体験できるILE技術の発展と国際標準化により、ITUのスローガンである“Connecting the world and beyond”のとおり、世界がより強くつながり、相互理解が深まることを期待します。

■参考文献
(1) 人間拡張コンソーシアム:”人間拡張コンソーシアム白書,” 2.0版,2025.