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特集

NTTグループの食農分野の取り組み──食農の新たな価値創造への挑戦

NTTが描くこれからの農林水産業──生産力向上と持続性の両立

NTTグループは農林水産業を重点分野の1つとして位置付け、グループの最先端技術やアセット、サービスを活用し、象徴的なパートナーとの連携により、育種から生産、流通、販売、食に至るフードバリューチェーン全体の最適化を図る「Smart Agri」の実現に取り組んでいます。また、地球環境問題に対する関心の高まりを受け、生産力を向上させながら、自然との共生を図ることができる新たな取り組みも始めています。本稿では、農林水産業に関する課題とNTTグループの取り組み概要、具体的事例、今後の展開について紹介します。

久住 嘉和(くすみ よしかず)/吉武 寛司(よしたけ かんじ)
村山 卓弥(むらやま たくや)
NTT研究企画部門

農林水産業の課題

農林水産業は人類の存続になくてはならない産業ですが、就業人口の減少や高齢化が加速し、生産力や食料自給率が低下するなどさまざまな課題を抱えています。この傾向は、農業のみならず、水産業、林業も同様です。中でも水産業においてはその傾向が特に顕著に表れており、約30年前の1988年には39.2万人だった水産業従事者は、2018年には15.2万人へと激減し、水産生産量は1278万トンから442万トンへ激減しています(1)。かつて生産量で世界1位だった日本の地位は現在8位まで落ち込んでいます。一方、地球規模では対照的に、人口爆発のため、2030年にはタンパク質の需要量が供給量を上回り水産資源をはじめタンパク質が不足する、いわゆるタンパク質クライシスが起こるといわれています。
また、農林水産業は、数ある産業の中で唯一自然に働きかけ、その恵みを享受する産業という側面もあります。そのため、生産力向上による食料の確保という観点とともに、環境面に配慮し、自然と共生しながらこの産業を維持・発展させる、持続性の観点もより求められています。

NTTグループの取り組みの全体概要

これらの背景のもと、NTTグループは先端技術を持つNTT研究所と約30のグループ会社が連携(図1)しながら、農林水産業の競争力強化、持続的な発展に取り組んでいます(2)。NTTが提唱するIOWN(Innovative Optical and Wireless Network)*1とグループ各社が持つ全国規模の通信インフラやアセット、サービスを組み合わせ、象徴的なパートナーと食農分野の新たなイノベーションを起こし、新たな価値を創出します。例えば、安全性に十分配慮したうえで、遺伝子編集*2や培養技術などにより農産物や魚介類が持つ性質の一部を人為的に改変させ、成長速度や二酸化炭素吸収量などを飛躍的にかつ安全に向上させるデジタル育種、ロボット農機やドローンなどによる農作業の超省力化・自動化、サイバー空間上に構築された仮想市場において、需給予測情報を基に売り手と買い手が未来の取引を行う農産物流通デジタルトランスフォーメーション(DX)、食と健康をサイエンスし、心と体の幸福度を向上させる食と健康のWell-being向上など、複合的な取り組みを組み合わせ、フードバリューチェーンにかかわるステークホルダが恩恵を受けることができるエコシステムを構築します。
本特集では、図1記載の取り組みのうち、遺伝子編集・高速育種、土壌・微生物(3)、バイオマス発電(4)、ドローンソリューション(5)、サプライチェーン(6)について紹介します。

*1 IOWN:NTTが2030年ごろの実用化に向けて推進している次世代コミュニケーション基盤の構想。
*2 遺伝子編集:生物が持つ特定の塩基配列を狙って変化させる技術であり、塩基配列の変化により、その遺伝子が担う形質を改良することができます。別の生物から取り出した遺伝子を導入することにより、細胞に新たな性質を付け加える技術である遺伝子組み換えとは異なります。

具体的取り組み事例

■日本の水産業の復権をめざして

NTTグループは、京都大学、近畿大学発ベンチャーのリージョナルフィッシュ株式会社(7)と、日本の水産業を再び世界一にすること、世界のタンパク質クライシスを解消することをめざし、資本提携を行いました。同社が持つ魚介類のDNAを狙って刺激を与え、その自然の回復力で自然な変異が起きる欠失型ゲノム編集技術が施された魚介類の稚魚を、IoT(Internet of Things)を駆使した環境で育てる陸上養殖事業を行っています。この技術を活用したマダイは一般的な品種よりも2割少ない飼料で、肉付きが最大約1.6倍に増え、トラフグは一般的な品種よりも4割少ない飼料で、1.9倍の早さで成長し、飼育期間が大幅に短縮されています。これらの魚介類は国の安全基準を満たしており、世界で初めてのゲノム編集動物食品として、それぞれ22世紀鯛、22世紀ふぐという名称でブランド化され、市場に流通しています(図2)。これらの取り組みを通じて、日本の養殖業を高付加価値化し、サステナブルな成長産業に変えていきます。そして日本の水産業が、世界の課題であるタンパク質クライシスをできるだけ早期に解決する、そのような未来を同社とつくっていきます。

■地球環境との共生をめざして

農林水産業は海や河川、大地などから恵みを享受していますが、地球環境においては、気候変動問題をはじめとして年々深刻さを増しています。NTTは環境負荷ゼロと経済成長を同時に実現する、新たな環境エネルギービジョン「NTT Green Innovation toward 2040」(8)を発表しました。その実現に向けた取り組みの1つとして、NTTとリージョナルフィッシュは、藻類と魚介類にゲノム編集技術を適用して、海洋中に溶け込んだ二酸化炭素量を低減させる二酸化炭素変換技術の実証実験を開始しました(図3)。藻類と魚介類による通常の食物連鎖においても、大気中の二酸化炭素は海洋中に吸収されますが、人間活動や森林の農地転換や都市化などにより、大気中に排出される二酸化炭素量が年々増加しているため、現状以上に大気中に滞留する二酸化炭素量を低減することはできません。そこで、NTTは藻類の二酸化炭素固定*3量の増加を加速させるゲノム編集技術の研究開発に取り組み、リージョナルフィッシュは魚介類の体内に固定する炭素量の増加を加速させるゲノム編集技術の研究開発に取り組みます。この2つのゲノム編集技術を藻類と魚介類の食物連鎖に適用することにより、海洋における炭素循環総量を相乗的に増加させる二酸化炭素変換技術の確立をめざします。将来的には、本技術を魚類や農作物の生産量増や高品質化にも適用にもつなげます(9)

*3 二酸化炭素固定: 二酸化炭素など無機的な炭素を、糖などの有機的な炭素化合物に変換して体内に取り込む過程です。

今後の展開

今後、サステナブルな社会の形成には、これまでの生産性向上という軸のみならず、地球環境との共生という新たな軸も加え、農林水産業も発展させていく必要があると考えています。これらを持続可能で実効的なものにするためには、各地域がその特性を活かした強みを発揮しながら、地域資源を活かし、自立・分散型の社会を形成し、それぞれの地域の特性に応じて補完し支え合う、地域循環経済圏の形成もこれからの社会に求められます(図4)。
前述の陸上循環養殖においては、全体コストの約40%を温度管理や水を循環させるための電気(料金)が占めており、このコストをいかに下げるかが、成否のカギをにぎる1つの要素です。その解決策として、例えば、農場で発生する廃棄物、残渣、畜糞などを活用したバイオマス発電や日本において設置場所が不足している耕作放棄地を活用した太陽光発電など、その地域で有効活用されていない資源や土地を余すことなく活用した循環型のエネルギー活用も検討していきます。これらのエネルギー、熱源は高度施設園芸や畜舎などにも活用・展開できます。さらに、削減された二酸化炭素などの温室効果ガスの排出削減や吸収で得られたクレジットと、民間企業が発行するさまざまなポイント等と交換することにより、環境への取り組みへのインセンティブを向上させつつ、各地域でポイント経済圏を確立して地域通貨として活用するなど、農業と環境を軸にした新たな金融ビジネス等、従来になかったビジネスモデルにも発展する可能性もあります。これらの活動で生じる情報流、物流、金流の全体最適化をIOWN等の最先端技術、イノベーションで可能にし、サステナブルな地域循環社会の実現をめざします。
今後もNTTグループは、さまざまなパートナーの皆様とのコラボレーションにより、最先端の技術と斬新なビジネスモデルを融合させ、農林水産業の発展、地球環境との共生、地域循環経済圏の実現に挑戦しながら、地域社会を支える企業群として取り組みを深化させていきます。

■参考文献
(1) https://www.jfa.maff.go.jp/j/council/seisaku/kikaku/attach/pdf/210416-6.pdf
(2) https://group.ntt/jp/magazine/blog/agriculture/
(3) 大関・山根:“NTTデータが取り組むデータ駆動型土づくり,”NTT技術ジャーナル,Vol.34, No.4, pp. 16-17, 2022.
(4) 井上:“超小型バイオガスプラントによる社員食堂残渣の食品リサイクルを通じた都市型循環エコシステム,”NTT技術ジャーナル,Vol.34, No.4, pp. 10-13, 2022.
(5) 山﨑・関口・鈴鹿・北川・佐瀬・堤:“農業を起点にしたコネクテッド・ドローンの開発と社会実装,”NTT技術ジャーナル,Vol.34, No.4, pp. 14-15, 2022.
(6) 寺崎・久須美:“コンシューマ向けに農作物を販売するマルシェル by goo,”NTT技術ジャーナル,Vol.34, No.4, pp. 18-21, 2022.
(7) https://regional.fish/
(8) https://group.ntt/jp/newsrelease/2021/09/28/210928a.html
(9) https://group.ntt/jp/newsrelease/2021/11/12/211112a.html

(左から)吉武 寛司/久住 嘉和/村山 卓弥

NTTグループが今後も皆様から選ばれるバリューパートナーとなるべく、ICTを通じてグローバルでの農業をはじめとする食農分野の発展に貢献します。

問い合わせ先

NTT研究企画部門
食農プロデュース担当
TEL 03-6838-5364
FAX 03-6838-5349
E-mail ntt-agri@ntt.com