2026年9月号
特集2
「NTTコミュニケーション科学基礎研究所 オープンハウス2026」開催報告
- 情報科学
- 人間科学
- AI
NTTコミュニケーション科学基礎研究所では、最新の研究成果を広く紹介するイベントとして、2026年5月20〜22日の3日間、大阪・京橋のNTT西日本i-CAMPUS内にあるQUINTBRIDGEとPRISMを会場に「オープンハウス2026」を開催しました。講演4件(計7回)と研究展示22件を実施し、延べ1526名(前年比約4割増)の方々にご来場いただきました。本稿では、講演・展示の内容と、大学関係者への発信強化を含む開催模様を報告します。
白木 善史(しらき よしふみ)/俵 直弘(たわら なおひろ)
青山 一生(あおやま かずお)/色川 怜未(いろかわ れいみ)
篠原 亜佐美(しのはら あさみ)/中野 公人(なかの きみと)
林 定雄(はやし さだお)/宮内 美樹(みやうち みき)
山岸 慎平(やまぎし しんぺい)/石畠 正和(いしはた まさかず)
NTTコミュニケーション科学基礎研究所
オープンハウスの概要
NTTコミュニケーション科学基礎研究所(CS研)は創立以来、人と人、あるいは人とコンピュータの間の「こころまで伝わる」コミュニケーションの実現をめざし、人間と情報の本質に迫る基礎研究に取り組んでいます。その最新成果を「見て、触れて、感じていただく」イベントとして、例年「NTTコミュニケーション科学基礎研究所 オープンハウス」を開催しています。2020年から2022年はオンラインで開催し、2023年にNTT西日本のオープンイノベーション施設「QUINTBRIDGE」(大阪市)で現地展示を再開しました。2024年以降は隣接する「PRISM」も利用し、講演と展示を現地で実施しています。2026年は「こころと知性を解き明かし まじわる世界をつむぎあう」をテーマに、5月20〜22日の3日間、QUINTBRIDGEで招待講演1件と研究講演3件(計7回)、PRISMで研究展示22件を実施しました。また、大学・学生の皆さまに研究職や共同研究をより身近に感じていただくため、学生を主な対象とするセミナーも開催しました。展示と講演は、昨年と同様にスロットごとの事前予約制とし、さらに予約変更・キャンセルに対応したシステムを導入しました。来場者数は延べ1526名となり、前年の1078名から約4割増加しました。講演の聴講者数はセミナーを含めて延べ796名で、1回当りの平均は約100名でした。
招待講演
招待講演では、慶應義塾大学特任教授、IBMフェロー エメリタ、日本科学未来館館長の浅川智恵子先生に、「AIスーツケースの研究開発と社会実装への挑戦〜未来の移動支援を目指して〜」と題してご講演いただきました(写真1)。浅川先生は、視覚障がい者の情報アクセスを支援する点字デジタル化システムや音声ブラウザの研究開発を経て、現在は実世界での自由な移動を支えるAI(人工知能)スーツケースの研究開発と社会実装に取り組んでいます。
AIスーツケースは、LiDARやカメラで周囲の障害物や歩行者を認識し、ハンドルを介して利用者を目的地まで案内するナビゲーションロボットです。情報へのアクセスを広げてきた技術を、街歩きや買い物など「移動のアクセシビリティ」へ展開することで、視覚に制約のある人が自ら行き先を選び、社会参加できる未来をめざしています。講演では、研究開発の経緯に加え、利用者との実証を通して見えてきた安全性、操作性、周囲の人との共存といった課題が紹介されました。
社会実装には、ロボットの性能向上だけでなく、交通ルールや法制度、バリアフリー情報の整備、自治体・企業・大学など多様な主体との連携が欠かせません。浅川先生は、AIスーツケースをオープンソースで開発し、実証の場と参加者を広げながら、1人ひとりに届けられる持続可能な移動支援をめざす姿勢を示されました。技術が人の可能性を広げるために、研究と社会がどのように協働すべきかを考える機会となり、会場からも多くの質問が寄せられました。

研究講演
研究講演では、CS研の最新成果から、人間の心身、未来の医療、社会で生じるイベントの予測に関する3テーマを取り上げ、各講演を2回ずつ実施しました。来場者アンケートでは、いずれの講演も高い満足度を得るとともに、難易度もおおむね適切と評価されました。研究講演の録画は、オープンハウス2026の特設ウェブサイトで公開されました(1)。
① 「勝てる人の『脳と身体』を科学する〜eスポーツの勝敗に関与する脳・生理メカニズムの解明〜」と題した南宇人(人間情報研究部)の講演では、実戦中にも高精度な生体信号計測が可能なeスポーツを対象に、勝敗に先行して現れる脳活動や、経験者とエリート選手を分ける生理状態を紹介しました(写真2)。競技力が拮抗する場面での「勝てる状態」をデータからとらえ、メンタル調整や能力発揮の支援につなげる研究です。
② 「デジタル・オルガノイドの可能性と未来〜生体組織のデジタル化が実現する未来の医療と健康〜」と題した小宮賢士(メディア情報研究部)の講演では、人工組織であるオルガノイドの実測データと情報処理技術を結び付け、細胞分化の構造や細胞間相互作用をデジタルモデルとして推定する研究を紹介しました(写真3)。個人に適した薬剤の選択や人工組織の設計など、新しい医療を支える基盤技術としての可能性を示しました。
③ 「いつどこで何が起きるかを理解し、予測し、制御する〜点過程と機械学習を組み合わせたイベント時系列解析とその応用〜」と題した金秀明(協創情報研究部)の講演では、故障、来店、疾病など不規則に発生する出来事のタイミングを、点過程と機械学習により解析する方法を紹介しました(写真4)。イベントの発生メカニズムを理解し、将来を予測することで、予防保全や効果的な施策の設計につなげる展望を示しました。



研究展示
今年の研究展示では、「データと学習の科学」「メディアの科学」「コミュニケーションと数理の科学」「人間の科学」の4カテゴリにわたり、最新成果22件を紹介しました。研究員がパネルやデモを用いて説明し、来場者との対話を通じて研究の可能性や社会への応用について議論しました(写真5)。展示02「組織を形作る細胞の相互作用を推定」と展示12「視覚で質感を伝えます」は報道発表も行い、多くのメディアに取り上げられました。以下に展示タイトルを示します。

■データと学習の科学(7件)
・細胞の成長の軌跡をとらえる〜細胞分化構造仮説の対話的な創出と検定〜
・組織を形作る細胞の相互作用を推定〜細胞エージェントによる組織形成のデジタルモデリング〜
・省電力なAIモデルの実現に向けて〜デバイス実装に向けた疎性と量子化を統合するモデル圧縮〜
・大量のベクトルから高速に似たものを見つけます〜枝刈りによるベクトル量子化手法ScaNNの高速化〜
・イベントの発生時刻を速く正確に予測します〜点過程と機械学習を組み合わせたイベント時系列解析技術〜
・その施策、どんな人に効果がある?それはなぜ?〜高精度かつ解釈可能な統計的因果効果推定〜
・確率予測の「ぶれ」を見積もります〜確率推論結果の分散値計算〜
■メディアの科学(5件)
・聴きたい音だけをリアルタイムで抜き出す!〜深層学習に基づく任意の音の低遅延選択的聴取〜
・多様な魅力をもつ声を提供します〜音声生成AI研究用アイドル音声データセット〜
・すみずみまできれいに消毒できましたか?〜サーマルカメラを用いた清拭消毒評価手法〜
・人間とAIがとらえる3D世界〜大規模な評価データを用いた奥行き推定バイアスの比較〜
・視覚で質感を伝えます〜柔らかさと粘り気を伝える視覚提示手法〜
■コミュニケーションと数理の科学(5件)
・数論的力学系分野の未解決問題を解決!〜Morton-Vivaldiの予想の部分的解決〜
・その検索結果、信頼できる?〜ハブに起因するクロスモーダル埋め込みの脆弱性特定〜
・羨ましさは絵本でどのように描かれているか〜感情教育ツールとしての絵本の有効性〜
・そのおはなし、どうだった?〜絵本の感想を話し合える対話AI「ぴたりえチャット」〜
・分かる共感と伝染する共感を測る〜認知的共感と情動的共感の測定用データセットの構築と解析〜
■人間の科学(5件)
・脚をぐるぐる回すと何がわかる?〜スマートフォンによる下肢運動の測定と姿勢安定性の評価〜
・eスポーツが解き明かす勝負の本質〜実戦時の生体信号計測による勝敗予測と熟達度の評価〜
・勝敗を分ける一流選手の心身状態とは?!〜競技成績に関与するホルモン状態の個人特性と適切な調整法〜
・実世界を見る眼や脳からココロを理解する〜マインドリーディングの日常環境への展開〜
・非現実的な仮想世界をも理解する人のしくみ〜人の中で「世界観」が成立する過程の検証〜
オープンハウスを終えて
2026年のオープンハウスでは、前年から継承した現地開催と事前予約の仕組みを改善しつつ、講演・展示の充実、大学関係者への発信強化、SNSを含む多面的な広報に取り組みました。その結果、多くの方にご予約・ご来場いただくことができました。来場者の皆様からは、研究内容を分かりやすく丁寧に説明していることや、研究員と直接議論できることへの好意的な声が寄せられました。CS研の研究員にとっても、多様な分野・立場の皆様と研究の価値や将来像を語り合う貴重な機会となりました。本イベントの開催にご協力くださった皆様に、心より御礼申し上げます。
■参考文献
(1)https://www.kecl.ntt.co.jp/openhouse/2026/index.html

(後列左から)石畠 正和/青山 一生/中野 公人/宮内 美樹/山岸 慎平/白木 善史
(前列左から)林 定雄/篠原 亜佐美/俵 直弘/色川 怜未



人と情報の本質に迫る基礎研究と、研究者との対話から生まれる新たな可能性に、今後ともご注目ください。