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特集

ナノメカニクス研究の最前線

光キャビティを用いたナノワイヤ振動子の高感度検出と制御

半導体ナノワイヤは肉眼では見えないほどに細く小さな棒状の構造です。このような微細構造に光や電荷を閉じ込めることにより、光子や電子の1粒1粒を制御できる量子ナノ光・電子デバイスとしての機能が加わります。一方、半導体ナノワイヤは、それ自身が“しなり”運動する振動子としても機能します。本稿では、この機械的な機能と光・電子デバイスとしての機能を融合した新しいハイブリッド量子デバイスの創出へ向けて、NTT研究所が最近開発したナノワイヤの微小振動を高感度に検出・制御する技術を紹介します。

浅野 元紀(あさの もとき)/章 国強(ザン ゴウチャン)
山口 浩司(やまぐち ひろし)/岡本 創(おかもと はじめ)
NTT物性科学基礎研究所

ハイブリッドメカニカルデバイスとしての半導体ナノワイヤ

半導体ナノワイヤは直径が数100nm(髪の毛の太さの100分の1程度)、長さが数μmと非常に細く小さな棒状構造です。これは、数mm角の半導体チップをテニスコートの大きさに例えた場合、その中につまようじが1本立っているようなサイズ感です。したがって、直接目で見ることはもちろん、光学顕微鏡でもその全体像をとらえることは困難です。このように小さな構造ですが、最新の半導体技術を用いて光子や電子を内部に閉じ込めることが可能です。NTT研究所では、この技術を用いて、超低消費電力な半導体レーザや、電子スピンの制御が可能なスピントロニクス素子など、半導体ナノワイヤの光・電子デバイス応用へ向けた基礎研究を展開しています。
一方、半導体ナノワイヤは優れた機械特性を持つナノメカニカル素子としての側面も有しています。例えば、基板に垂直に成長したナノワイヤは左右にしなり運動することから、これを振動子として利用することができます。この振動子は非常に小さな構造なので、外から加わる力や物体の付着などに対して振動特性が敏感に変化します。この特徴を利用すれば、振動特性の変化量を読み取ることにより、外力や粒子の量などを検知するメカニカルセンサとして用いることができます。また、光や電気で駆動される機械アクチュエータとしての利用も可能です。このように、半導体ナノワイヤの振動子としての特徴を利用したさまざまな研究が展開されています(1)
これまで微小な光・電子デバイス、あるいはナノメカニカルデバイスとして注目されてきた半導体ナノワイヤですが、これらの機能を有機的に結びつけたハイブリッドデバイス化へ向けた取り組みは始まったばかりです。例えば、光や電気、振動の信号を複合的に用いた新たな情報処理や、振動に応じた光・電子物性の制御など、IoT(Internet of Things)デバイスとしての機能性を半導体ナノワイヤに付与することが可能となれば、極小デバイスを用いた革新応用が広がります。とりわけ、そのようなハイブリッド化を光・電子・振動のそれぞれに量子力学的な性質が顕著に現れる極限領域で可能とすれば、例えば、光子1粒を生成するための光子源や、量子情報を保存するためのメモリなどといった、昨今注目を集めている量子情報通信の分野における重要技術への応用展開につながります。このようなハイブリッド化により、光・電子・振動が三位一体となった革新的な量子情報デバイスを創出できる可能性が期待されています(2)
このように期待が集まる半導体ナノワイヤですが、その微小な機械振動を高感度に検出して制御する技術はこれまで十分に発達していませんでした。その理由は、直接目では見えないほどに小さなナノワイヤのサイズにあります。通常の(かろうじて)目で見える程度の機械振動子の振動検出に用いられるレーザ照射などの手法を、光の波長(1μm程度)よりも小さなナノワイヤに適用することは困難です。したがって、ナノワイヤのような極めて小さな構造の振動を高感度に検出して制御するための新しい有効な手法を開拓する必要があります。
以降では、半導体ナノワイヤの超高感度な振動検出と制御を可能とする新技術として、NTT研究所で最近開発した微小ガラス球を用いた「近接場共振器オプトメカニクス」と呼ぶ技術について簡単に紹介します(3)

微小ガラス球を用いた近接場共振器オプトメカニクス

共振器オプトメカニクスの技術は図1(a)に示すような片側が機械バネに接続されたミラーキャビティのモデルで理解することができます。キャビティとは、光を閉じ込めるための「箱」のことです。このモデルでは、2枚のミラーの間を反射によって光が行ったり来たりすることで、光が閉じ込められています。ミラーに取り付けられた機械バネが振動すると、キャビティに閉じ込められた光が通る経路が変化します(図1に赤、緑矢印で表示)。光は波としての性質を有していますので、この経路変化は波の位相変化として表れます。この位相変化を読み取ることで、機械バネの振動を高感度に検出することができます。一方、キャビティに強く閉じ込められた光がミラーによって反射される際、光の運動量が変化する反作用としてミラーに力が加わります。この力(放射圧)を利用することにより、機械バネの駆動や周波数の制御が可能となります。
光の放射圧は、古くは「彗星の尾」にその存在が発見されていましたが、これを積極的に活用した「共振器オプトメカニクス」が応用技術として花開いたのは2000年代前半に入ってからです。最近では、世界トップレベルの性能を示すデバイスにおいて、振動量子1粒に対応する量子揺らぎの検出・制御に成功したという報告もなされています。しかし、このような共振器オプトメカニクスの技術を極めて小さな構造である半導体ナノワイヤに適用するには一筋縄ではいきません。なぜならば、特殊な成長方法によって作製されるナノワイヤと質の良い光キャビティとを同じチップ上に作製ことは容易でなく、またミラーキャビティのように大きなキャビティを外部に設置したとしても、サイズの大きく異なる微小なナノワイヤに対して十分な光機械結合を生み出すことが難しいからです。
これに対して、私たちは微小な球状の光キャビティを用いた近接場オプトメカニクスという手法を世界で初めて半導体ナノワイヤに適用しました。この技術の鍵となる球状キャビティは、光ファイバの材料でもあるシリカガラスという透明なガラスを加工することで、半導体ナノワイヤとは独立に作製します。ちょうどガラス職人がガラスのコップや風鈴をつくるように、シリカ光ファイバの先端を熱して膨らませることで、数10μm径の非常に小さな「ガラス玉」を作製することができます。このガラス玉に細線化した光ファイバを接触させると、光ファイバから漏れ入った光がガラス玉表面を何度も周回する「ウィスパリングギャラリーモード」と呼ばれるキャビティ光学モードが誘起されます。この際、図1(b)に示すように、全反射が生じるガラス玉の周壁部分で光が球の外側に染み出すエバネッセント場が生じます。このエバネッセント場をナノワイヤに近づけると、ナノワイヤの振動に応じてキャビティを周回する光の経路、すなわち位相が変化するため振動の検出が可能となります。また、ミラーキャビティの例と同様、この反作用としてナノワイヤに力が加わります。この光と機械の相互作用を活用することにより、光を用いたナノワイヤの振動制御も可能となります。光のエバネッセント場を用いた本手法により、光の波長よりも小さなナノワイヤの振動を高感度に検出・制御することが可能となるのです。
実験の概略を図2(a)に示します。測定にはInP基板上に多数成長されたInAs/InPヘテロ構造半導体ナノワイヤ(図2(b)、長さ14μm、直径500nm)の1つを用います。また、光ファイバ先端を放電加工した40μm径のガラス玉を光キャビティとして用います(図2(c))。ガラス玉に1μm程度にまで細線化した通信波長光ファイバをコンタクトさせ、ウィスパリングギャラリーモードを誘起します。このモードのエバネッセント場をナノワイヤに近接させることにより、1.8×105のQ値を有する光共鳴を観測しました。Q値とは、キャビティにどれだけ強く光を閉じ込めることができるかを示すQualityの指標であり、105という値は高Q値に分類される閉じ込めの強い光共鳴を指しています。

半導体ナノワイヤの高感度変位測定と振動特性制御

私たちは、ナノワイヤの振動に伴う光の位相変化を鋭敏に読み出すため、ホモダイン光干渉計と呼ばれる測定系を構築しました。この干渉計の利点は、光パワーを検出する通常の検出方法とは異なり、光の位相変化を高感度に読み取れる点にあります。この干渉計出力信号に対してスペクトル測定を行うと、1MHz近傍に2つのピークが観測されました(図3(a))。これらは、ナノワイヤの縦・横2方向の振動モードの熱揺らぎに対応しています。熱揺らぎとは、ナノワイヤが環境温度によりランダムに運動する熱的な振動のことであり、温度が高いほど大きくなります。本実験で用いたナノワイヤの室温における熱揺らぎは100pm程度(〜1×10-11m/Hz0.5〜原子1個の大きさと同程度)であり、本測定系で検出可能な最小変位量(図3(a)のフロアレベルに相当)は10pm程度であることが分かりました。この最小検出可能変位は2.8ケルビンの温度環境にナノワイヤを置いた際期待される熱揺らぎの大きさに相当しています。これはすなわち、約−270℃という絶対零度近くの極低温環境でもナノワイヤの熱揺らぎが検出可能であることを示しています。そのような極低温環境では、半導体ナノワイヤに閉じ込められた電子が量子力学的な性質を示します。したがって、このような環境でナノワイヤの機械的な自由度を引き出すことが可能となれば、ハイブリッド量子デバイス化へ向けて大きく前進します。
一方、振動の検出のみならず、振動を積極的に制御する技術の開発も重要となります。微小ガラス球を用いた本手法は、ナノワイヤの振動検出と同時に振動を光で制御することも可能とします。これは、光ピンセットにも応用されている光勾配力と同じ原理で、光電場の密度が低いほうから高いほうへ物体に力が働きます。この力は、キャビティとナノワイヤの近接距離が小さくなるほど増加し、振動周波数の変化と線幅の増大を引き起こします(図3(b))。また、詳細は割愛しますが、この力を用いてナノワイヤの振動軸を回転させることにも私たちは成功しています。このように、キャビティの強い光勾配力を用いることで、ナノワイヤの振動特性を精密に制御できることを明らかにしました。

今後の展開

今回紹介した技術は、光波長よりもサイズの小さな半導体ナノワイヤの微小振動を高感度に検出・制御することを可能にします。その検出感度は光キャビティのQ値向上でさらに高まることが期待できます。前述の実験で用いた光キャビティのQ値は105の程度でしたが、より精度良く加工することにより107以上のQ値を得ることも十分に可能です。そのような高Q値キャビティを用いれば、半導体ナノワイヤの熱揺らぎのみならず、さらに2桁小さな量子力学的揺らぎを検出できるレベルにまで振動検出感度を引き上げることも可能となることが理論予測されています。これを実験的に実現するにはまだまだ課題が残っていますが、今後も挑戦を続け、ハイブリッド量子デバイスへ向けた半導体ナノワイヤの研究を進めていきます。

■参考文献
(1) F. R. Braakman and M. Poggio:“Force sensing with nanowire can­ti­le­vers,”Nanotechnology,Vol.30, No.33,May 2019.
(2) G. Kurizki, P. Bertet, Y. Kubo, K. Mølmer, D. Petrosyan, P. Rabl, and J. Schmiedmayer: “Quan­tum technologies with hybrid systems,”PNAS, Vol.112, No. 3, pp.3866-3873, March 2015.
(3) M. Asano, G. Zhang, T. Tawara, H. Yamaguchi, and H. Okamoto:“Near-field cavity optomechanical coupling in a compound semiconductor nanowire,”Commun. Phys.,Vol.3, No.230,Dec.2020.

(左から)章 国強/山口 浩司/浅野 元紀/岡本 創

皆さんの身の回りにあふれている「振動」ですが、その究極的に小さな領域ではまだまだ解明されていない現象がたくさんあります.小さな「ガラス玉」を覗いて広がる振動の物理の奥深さと、その応用技術の重要性をお伝えできれば幸いです。

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