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特集

ナノメカニクス研究の最前線

ナノメカニクス研究の概要と展望

昨今、微細な構造の機械的な振る舞いを活用したMEMS(Micro Electro Mechanical Systems)の技術が、携帯端末や車載機器などさまざまな場面で用いられています。本稿では、このMEMS技術をさらに発展させたナノメカニクス技術について、NTT研究所で行われている研究成果を中心に、その概要と今後の展望について紹介します。

山口 浩司(やまぐち ひろし)†1/後藤 秀樹(ごとう ひでき)†2
NTT物性科学基礎研究所†1
NTT物性科学基礎研究所 所長†2

ナノメカニクス技術とは

「ナノメカニクス」という言葉を聞かれて、皆さんは何を想像されるでしょうか。ナノテクノロジという言葉が使われ始めて随分経っていますので、「ナノ」は非常に小さいことを表現する言葉としてご存じの方も多いと思います。「ナノメートル」という単位がその語源であり、正確に書くと10億分の1メートルという極めて小さいサイズを表します。なかなか簡単に想像できない大きさですが、原子の大きさが0.1~0.2ナノメートル程度なので、その数倍程度の大きさというわけです。次の単位は「マイクロメートル(ミクロン)」となり100万分の1メートルを意味しますので、だいたい1ナノメートルから1ミクロンに至る範囲の大きさを扱う技術をナノテクノロジと呼ぶことになります。現在猛威を振るっている新型コロナウイルスは、おおよそ100ナノメートルという大きさなので、ちょうど、その程度の大きさを扱う技術ということができるかと思います。
では「メカニクス」のほうはどういう意味でしょうか。英語のme­chan­icsの和訳は力学とされています。力学と聞いてまず思い出すのは、リンゴが落ちるのを見て万有引力の発見につながったとされるニュートン力学です。これは、モノ(リンゴ)の動きと、それを引き起こす力(万有引力)が、どのような関係にあるかを記述した学問です。したがって、ナノメカニクスとは、ウイルスのサイズに代表される極めてミクロな世界において、モノに加わる力と、それによる動きを研究する分野ということになります。私たちが研究の対象としているナノメカニクス技術は、このような小さな力と小さな動きを用いて、新しい微細構造素子(デバイス)技術を開拓しようという試みになります。
さて、ナノの世界からは少し離れ、お寺の鐘を想像していただけるでしょうか。鐘を叩くとなぜゴーンという音が鳴るかというと、鐘を構成している金属が、叩かれることによって周期的な弾性振動を引き起こすためにほかありません。この振る舞いも力学の法則を用いて正確に記述できるわけですが、例えば、1秒間に440回振動を繰り返すと、440ヘルツ(Hz)の振動になります。これは音楽の「ラ」の音に対応します。523.23Hzだと少し高い「ド」の音、783.98Hzだと、さらに高い「ソ」の音になります。振動が早くなるほど高い音になるわけですが、高い音を出すためには鐘を小さくすればよいことは容易に想像できると思います。すなわち、もしナノのサイズで鐘をつくったらその振動は極めて高い周波数で起きるわけです。私たちの研究のエッセンスはこの部分にあります。すなわち、最先端の微細加工技術を用いて極めて小さな「鐘」を作製し、それが持つ高い周波数の振動を用いた新しい技術を開拓しようとしているわけです。

ナノメカニカル振動子

いくら半導体の微細加工技術が進んでいるといっても、お寺の鐘と同じかたちの構造をナノスケールに縮小したものをつくることはたやすくありません。そこで、もっとつくりやすい簡単な構造を振動させて、その機能を使います。図1にその代表例を示します。図1(a)はカンチレバー(片持ち梁)と呼ばれる構造です。ちょうど、プールの飛び込み板のような形状で、端を叩けば振動するわけです。図1(b)は両持ち梁と呼ばれ、橋のようなかたちです。両側が固定されていますのでカンチレバーより動きが硬く、高い振動周波数を持ちます。薄い板状の例を図1(a)(b)に示しましたが、円柱状の構造でもかまいません。本特集で紹介するナノワイヤを用いた研究は、結晶成長により作製した直径数百ナノメートルの円柱構造をカンチレバーあるいは両持ち梁状の振動体として用いたものです。図1(c)は円形メンブレン振動子で、ちょうど太鼓のような形状になっています。今回の特集でフォノニック結晶導波路と呼ばれる弾性振動を回路に沿って伝えていく素子についても解説していますが、この導波路はメンブレン振動子を多数等間隔に連続させた形状となっています。
さて、表1は、カンチレバーならびに両持ち梁の周波数が、構造のサイズとともにどのようになるかを、代表的な半導体の1つであるガリウムヒ素(GaAs)に対して示したものです。同じ形状でも両持ち梁のほうがカンチレバーより6倍ほど周波数が高くなりますが、長さがミクロンサイズより短くなった段階で、ギガヘルツの周波数領域に入ることが分かります。ギガヘルツというのは携帯電話の電波に使われている周波数です。私たちの耳に聞こえる音は、もっとも高い音でも10~20キロヘルツ程度ですが、その10万倍も高い周波数ということになります。したがって、ナノメカニカル素子を活用することにより、いわゆる超音波あるいは携帯電話の周波数に相当する極超音波と呼ばれる高い周波数の振動を制御できる技術を実現できることになります。私たちはこのような視点から、20年近く前よりナノメカニクスの研究を続けてきました。扱っている周波数は100キロヘルツ程度から1ギガヘルツの範囲に及びますが、今回の特集では主に10メガヘルツまでの比較的低い周波数領域の研究を紹介します。

ナノメカニクスの応用

ところで、このような弾性的な動きを素子として活用する技術として、いわゆるMEMS(Micro Electro Mechanical Systems)が活発に研究されています。私たちの研究では2つの独自のアプローチを用いることにより、MEMSの次世代技術ともいうべき「ナノメカニクス」技術の研究を進めています(表2)。第一は、弾性特性の非線形性を用いることです。「非線形性」というのは耳慣れない言葉かと思いますが、実はダイオードやトランジスタなどの半導体素子は、コイルやコンデンサ、抵抗などの「線形」な特性を持つ素子にはない非線形性を持つことで、さまざまな機能を持たせることに成功しました。非線形性とは、入力と出力が比例しないことを意味します。例えば、抵抗器では加えた電圧に比例する電流が流れますが、ダイオードでは、それらは比例しません。さらにトランジスタでは電極に加えた電圧や電流によって、この非線形特性が変化します。メカニカル振動子の場合、この特徴は加えた力に対し振動の大きさが比例しないことに相当しますが、微細化に伴い、このような非線形性の影響は顕著になります。この特性を活用した「非線形」ナノメカニカル素子を実現することにより、ダイオードやトランジスタなどと同じような革新的機能を持つナノメカニカル素子をつくり出すことをめざしています。もう1つの試みは、半導体や光材料などの機能性材料を用いることにより新しい機能をつくり出すことです。これまで電子デバイスや光デバイスとして用いられてきたこのような材料においては、弾性振動による新しい原理の電子デバイスや光デバイス、あるいは、超高感度のセンサ技術などの応用が期待されます。特に、いわゆる量子デバイスとして知られているナノ構造を組み込むことにより、昨今注目されている量子技術への応用が可能となります。
図2はこのような一例として実現した超高感度センサの電子顕微鏡写真です(1)。両持ち梁構造の根元部分に量子ドット構造が埋め込まれており、梁の弾性振動を超高感度に検出することが可能です。どの程度小さな振動を検出できるかというと、0.1ピコメートル(10兆分の1メートル)という、原子よりさらに小さな原子核の直径に匹敵する小さな変位を検出することができます。この原理により、梁が受けた著しく小さな力による変位を検出することが可能となり、超高感度の加速度や磁気、あるいは分子や原子のセンサの核心部として用いることができます。
本特集では、最近、私たちのグループで研究が大きく進んだ5つのトピックスについて紹介します。まず、非線形ナノメカニクスの例として、新しいカオスの発生手法について紹介します(2)。カオスはこれまでランダムで掴みどころのない振る舞い、という意味で、応用するうえでは、むしろ障害となる現象とみられていました。しかし、昨今の機械学習の分野では、このカオス的な振る舞いが機械学習の効率を改善するうえで重要な役割を果たすと期待されています。また、カオスを使った秘匿通信なども提案されており、いかにしてカオスを制御よく発生させるかは、応用上も重要な研究課題であるということができます。
2番目のトピックスとして、フォノニック結晶を用いたフォノン導波路について紹介します(3)。フォノンとは、光に対するフォトン、電流に対する電子などと同じ意味で用いられ、音波などの弾性振動の基本単位となる「音の粒子」にあたります。私たちは非線形性を用いて、このフォノンの流れを制御する手法を新たに開拓しました。これはちょうど、電子回路を流れる電流、すなわち電子の流れを電圧で制御するトランジスタと同様の役割を持ち、音波、すなわちフォノンの流れを外部から制御する「フォノントランジスタ」を世界で初めて実現した研究といえます。電子回路と同様に、ナノメカニクスデバイスの集積回路が実現できれば、この素子は、その中核を担う役割を持つことが期待されます。
3番目のトピックスは、光ファイバなどに広く用いられている光材料である希土類元素を用いた新しいオプトメカニクス素子です(4)。オプトメカニクスとは、光とメカニクスの両方の機能を融合した技術のことで、昨今、研究が大きく進展している技術分野の1つです。エルビウムなどの希土類元素は、通信波長帯の光の吸収や発光を担う材料であり、その特性制御は光通信技術において広く活用できるとともに、量子技術への応用も期待されます。本特集では、希土類元素の1つであるエルビウムをカンチレバーに組み込み、希土類元素の発光を弾性振動により変調する新しい技術について紹介します。
4番目のトピックスでは、同じくオプトメカニクスの技術を使って、光により半導体ナノワイヤからなるカンチレバー構造の振動を高感度に検出した例について紹介します(5)。半導体ナノワイヤは、気相成長などの結晶成長法によって作製されるナノ構造です。リソグラフィなどの微細加工を使用しないため構造の結晶性が高く、半導体レーザや高速トランジスタに用いられているヘテロ構造や、量子技術の要である量子ドットなどのナノ構造を組み込むことが可能です。ナノワイヤをナノメカニカル振動子として用いることにより、電子デバイス、光デバイス、量子デバイスを組み合わせた高度な機能をナノメカニクスデバイスに取り込むことが期待されます。
最後のトピックスでは、これらのナノメカニカル素子を作製する手法として、インクジェット技術を用いた架橋ナノワイヤ電気機械素子の作製について紹介します(6)。インクジェット技術は皆さんの身近にあるプリンターの基盤技術として知られていますが、昨今、この手法は新しい微細構造作製技術としても使われ始めています。この解説では、結晶成長により作製した半導体ナノワイヤを、どのようにして半導体ウエハの上の所望の位置に並べ、ナノメカニカル素子として組み上げるかについて説明します。

今後の展望

本稿では、本特集で紹介するナノメカニカル技術に関して、その概要を簡単に紹介しました。電子デバイスや光デバイスに比較し、ナノメカニカル素子はまだまだ研究が始まったばかりの段階であり、今後大きな発展が得られる可能性があります。NTT物性科学基礎研究所では、機械学習などの新しい情報処理や、高感度低消費電力センサなどのIoT(Internet of Things)技術、さらには量子通信や量子計測などに貢献する新しい原理のナノメカニカル素子の開拓をめざして研究を進めています。

■参考文献
(1) Y. Okazaki, I. Mahboob, K. Onomitsu, S. Sasaki, and H. Yamaguchi: “Gate-controlled electromechanical backaction induced by a quantum dot,” Nat. Commun., Vol. 7, No. 11132, 2016.
(2) 山口・Samer・浅野:“ナノメカニカル振動子による新しいカオス信号生成手法,”NTT技術ジャーナル,Vol.34,No.2,pp.30-33,2022.
(3) 畑中・黒子・山口:“フォノン導波路やフォノニック結晶を用いた弾性波の制御,” NTT技術ジャーナル,Vol.34, No.2, pp.34-38, 2022.
(4) 太田・Victor・山口・岡本:“光のエネルギー損失が極めて少ないオプトメカニカル素子の創出,” NTT技術ジャーナル,Vol.34, No.2, pp.39-42, 2022.
(5) 浅野・章・山口・岡本:“光キャビティを用いたナノワイヤ振動子の高感度検出と制御,” NTT技術ジャーナル,Vol.34, No.2, pp.43-46, 2022.
(6) 佐々木・舘野・岡本・山口:“インクジェット技術を用いた架橋ナノワイヤ電気機械素子の作製,” NTT技術ジャーナル,Vol.34,No.2, pp.47-50, 2022.

(左から)山口 浩司/後藤 秀樹

メカニカル振動子は、鐘や太鼓などの楽器に始まり、水晶振動子や携帯端末用の高周波フィルタなど、さまざまな場面で活用されてきた技術要素です。非線形性や量子性などを活用したナノメカニクスは、その機能を大幅に広げる新技術として今後の発展が期待されます。

問い合わせ先

NTT物性科学基礎研究所
フロンティア機能物性研究部
ナノメカニクス研究グループ
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