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特集

ナノメカニクス研究の最前線

インクジェット技術を用いた架橋ナノワイヤ電気機械素子の作製

半導体ナノワイヤは次世代の電気・光デバイス用材料として注目され、近年精力的に研究が進められています。細長いナノワイヤを架橋構造にすると、それ自体の機械振動を利用した電気機械素子として機能し、高感度センサなどへの応用が期待されています。本稿では身近なインクジェット技術を用いることによって、そのような機械振動素子を手軽に効率良く、かつ資源の無駄を極力抑えて作製できることを解説します。

佐々木 智(ささき さとし)/舘野 功太(たての こうた)
岡本 創(おかもと はじめ)/山口 浩司(やまぐち ひろし)
NTT物性科学基礎研究所

インクジェットプリンタ

インクジェットプリンタは家庭やオフィスでPCから紙類に印刷するのに用いられる身近な家電製品です。一方、産業的にもさまざまな局面で利用されており、例えばペットボトルのキャップに年月日などの文字を印字するのにもインクジェットプリンタが使われています。プリンタヘッドが印刷対象物と非接触なので、紙のような平坦なものだけでなくペットボトルキャップのように立体的で凹凸のあるものにも印字ができます。通常のインクジェットプリンタにおけるインク吐出機構としては、圧力でインクを押し出すピエゾ方式や、ヒータによる加熱でインクを押し出すサーマル方式が2大方式となっています。家庭用のインクジェットプリンタから吐出される液滴の最小サイズは約1pLで、空気中を飛翔する液滴の直径は10μm程度といわれていますが、紙などの印刷対象物に液滴が到達してから乾燥するまでに若干広がるので、実際の最小印字分解能としては数10μm程度となります。
実はインクジェットプリンタは文字や絵を印刷するだけでなく、プリント基板のような電子回路を直接「印刷」することもできます。インクジェット手法はマスクレスかつオンデマンドに金属電極などの材料を配置可能であることから、フォトリソグラフィのような従来のトップダウン手法がなじみにくいソフトマテリアルへの微細構造形成にも適用でき、生体に貼り付け可能なフレキシブルエレクトロニクスデバイス等へも応用されつつあります。従来のリフトオフ法でプリント基板の金属パターンを形成する際には、面積的には全体の極一部のみ電極・配線として基板上に残して他の大部分はレジストとともに除去してしまうので大量の材料が無駄になってしまいますが、インクジェットでは必要量の材料のみを必要な個所にオンデマンドに配置できるので、昨今重要視される省資源化という観点からも有利といえます。

半導体ナノワイヤを用いた機械振動素子

私たちの研究グループは主にμm領域のサイズの微細機械振動素子を研究してきましたが、さらに小さいnm領域の断面サイズを有する機械振動素子材料として半導体ナノワイヤに着目しました。ナノワイヤは図1(a)に模式的に示すように半導体基板に対して一定の結晶方位に沿った角度で成長したヒゲ状の結晶で、典型的なサイズとしては直径数100nm、長さ10μm程度です。ナノワイヤが基板から縦方向に生えたままの状態でレーザやトランジスタなどのデバイスに加工することも可能ですが、ここではより精密な電気的制御を行うため、図1(b)のように別のデバイス基板に必要な数だけナノワイヤを移し、両端に電極を有する横型の両持ち梁構造を作製することとしました。なお半導体材料としては、表面に電子がたまりやすく電気的接触のとりやすいインジウムヒ素(InAs)を採用しています。
さて、ここで無数のナノワイヤが生えている成長基板から機械振動素子用の別の基板にどのようにナノワイヤを移すかを考えます。もっとも原始的な方法はナノワイヤの生えた成長基板をそのまま、あるいは綿棒などにいったんナノワイヤをこすり取ってデバイス基板に押し付けて機械的に転写する方法です。この方法はデバイス基板のどこにナノワイヤが転写されるかは全くの偶然頼りとなります。ナノワイヤの場所に合わせて電極を後付けする作製方法ならば、どこかに使えるナノワイヤは見つかるでしょうが、後で説明するように、私たちは架橋構造用に準備した溝の上に橋渡しされた状態でナノワイヤを置く必要があるため、このような偶然に頼る方法を用いるわけにはいきません。また、たまたま所望の位置にナノワイヤが転写された場合でも、それ以外の大多数のナノワイヤは使われずに無駄になってしまいます。このような非効率や無駄を避けるには、転写するべきナノワイヤを光学顕微鏡等でリアルタイム観察しながらデバイス基板上の所定の位置に着地させる手法が必要となります。昨今はグラフェンなどの薄膜の小片をハンドリングするために、レジスト等の樹脂膜に一時的に吸着させて別の基板に転写する方法がよく用いられています。この手法をナノワイヤの転写に適用することもできますが、私たちはより効率的に転写作業を行うためインクジェットプリンタを用いる方法を開発しました。ただし、使用したのは前述した家庭用インクジェットプリンタよりも1000分の1程度の極微小液滴の吐出が可能な研究用のハイスペックな装置です(1)。また吐出機構は前述した2種とは別の静電的な仕組みとなっています。外観は家庭用インクジェットプリンタよりは大柄になるもののデスクトップサイズで、常温常圧下で比較的簡便に作業が行えます。

インクジェットによるナノワイヤ機械振動素子の作製

図2(a)は実際のインクジェット装置(SIJ社製)の主要部分の写真で、手前の観察用カメラの奥に見える赤い筒状の部品の下に吐出ノズルがあり、電気的にXYZ3軸精密制御できるようになっています。また独自に補助マニピュレータを追加しています。これは図2(b)の拡大写真に示すようにタングステン針の先に細いヒゲ状のインジウム(先端径数μm)を付着させたもので、いったんデバイス基板上にインクジェット射出されたナノワイヤの位置を微調整するために用います(2)
実際の転写作業においては、ナノワイヤをブチルカルビトールという揮発しにくい溶液中に分散させたものを「インク」としてインクジェット装置に充填します。このとき成長基板内の数ミリ角程度の微小領域からナノワイヤを先の細いブラシなどでブチルカルビトール溶液に払い落としてやれば、十分な本数のナノワイヤが分散されます。図3にナノワイヤを分散させたブチルカルビトール溶液をインクジェット吐出している模式図と、実際の転写作業中の光学顕微鏡写真を示します。斜め方向から観察した低倍率光学顕微鏡写真中に黒っぽく見えている数カ所の楕円形部分がインクジェット吐出されたブチルカルビトールの液滴です。ここでは長さ10μm程度のナノワイヤを転写するために、比較的口径の大きなノズルを用いているため本装置としてはかなり大きなサイズ(直径50μm弱)の液滴を吐出しています。図3(c)の高倍率光学顕微鏡写真が示すように左右2組の微細電極群がシリコン基板上にあらかじめ形成されており、各電極群をねらって液滴をインクジェット吐出しています。ブチルカルビトールの蒸発が進んで液滴がなくなりかけていますが、まだナノワイヤは完全には基板に固定されていません。図3(c)の左の写真を見ると、ちょうど各液滴に1本ずつナノワイヤが含まれるようにナノワイヤ分散液の濃度が調節されていますが、元の液滴サイズが大きいこともあり、まだ電極の上にはナノワイヤが乗っていません。この後、ヒゲ状インジウムの補助マニピュレータでナノワイヤの位置を調整したのが図3(c)の右写真で、各ナノワイヤが電極の真上に直交するように配置されています。このとき、液滴ごとナノワイヤを動かすか、ナノワイヤと基板の間に多少なりとも溶液が残った状態で動かしていますので、ナノワイヤに無理な力が加わることはありません。また、直接マニピュレータの先端がナノワイヤに触れてもインジウムは柔らかい金属なので、ナノワイヤにダメージを与えることはないと考えています。このように補助マニピュレータを使用することにより、最終的には1μm程度の精度でナノワイヤの位置決めを行うことが可能です。
前述したインクジェット装置によるナノワイヤ転写を用いた、電気機械振動素子の作製フローを図4に示します。まずシリコン基板上の酸化膜にドライエッチングで溝を掘り、電気機械制御用のバックゲート金属を溝の中に蒸着しておきます。溝の深さとゲート金属の厚みの差が最終的にナノワイヤとゲートの間隔(約300nm)となります。ここにそのままナノワイヤを転写すると、後のリフトオフ工程でナノワイヤが下に引っ張られて金属ゲート表面に接触してしまうので、あらかじめPMGIという樹脂のスペーサ層で覆っておき、その上にナノワイヤをインクジェット転写します。電気的測定を行うためのソース・ドレイン電極をリソグラフィとリフトオフ法で形成した後、気相中の等方的オゾンクリーニング法によってスペーサ層を除去すると、架橋ナノワイヤ素子が完成します。
図5(a)に完成した架橋ナノワイヤ機械振動素子の走査電子顕微鏡(SEM)写真と、図5(b)に断面模式図を示します。振動する架橋部分のナノワイヤの長さは10μmで、300nmのギャップを介して静電的にナノワイヤと結合しているバックゲートの幅は4μmとなっています。ゲート電極に高周波電圧を印加して架橋部分に静電的な力を及ぼしつつ、ソース・ドレイン電極間に流れる電流をモニタすることによって検出した機械振動の信号を図5(c)に示します。12.9MHz付近にローレンツ型の共鳴振動ピークが観測されており、架橋ナノワイヤの長さや直径から計算される共鳴周波数とも近い値となっていることから、きちんと架橋電気機械素子が実現できていることが分かります(3)

今後の展開

半導体ナノワイヤの典型的なサイズである直径100nm、長さ10μmというのは、室温・常圧下において光学顕微鏡でリアルタイム観察しつつマニピュレーション可能な最小サイズに近いのではないでしょうか。インクジェットプリンタ自体はμm領域の技術ですが、nm領域の直径を有するナノワイヤを介して、前者から後者へ橋渡ししているともみなせます。その結果、より高い共振周波数領域へ応用範囲を広げることが可能となり、また、梁構造が軽くなることによってナノワイヤに吸着した単一分子を検出するなど、高感度センサへの応用も期待できます。

■参考文献
(1) 村田:“微細パターン直描を可能にするスーパインクジェット印刷技術の開発,”応用物理,Vol.81,No.5,pp.386-390,2012.
(2) K. Flöhr, M. Liebmann, K. Sladek, H. Y. Günel, R. Frielinghaus, F. Haas, C. Meyer, H. Hardtdegen, T. Schäpers, D. Grützmacher, and M. Morgenstern: “Manipulating InAs nanowires with submicrometer precision,” Rev. Sci. Instr.,Vol. 82, p.113705, 2011.
(3) W. Tomita, S. Sasaki, K. Tateno, H. Okamoto, and H. Yamaguchi: “Novel Fabrication Technique of Suspended Nanowire Devices for Nanomechanical Applications,” Phys. Status Solidi B, p.1900401, 2019.

(左から)岡本 創/舘野 功太/佐々木 智/山口 浩司

インクジェットプリンタは身近な家電製品ですが、最先端のデバイス作製にも応用可能な技術であり、かつ省資源化・環境保護にも寄与し得ることをお伝えできれば幸いです。

問い合わせ先

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フロンティア機能物性研究部
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